1. トップページ
  2. そして帰途へ

四島トイさん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

1

そして帰途へ

17/07/31 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:2件 四島トイ 閲覧数:239

この作品を評価する

 歌とか歌ってよ、と助手席の女子高生が不貞腐れる。
 夜の山道には街灯の一本もなかった。ガードレールすら途切れ途切れの不慣れな道には、微かに不吉な香りが漂っている。こんな夜更けだというのに、どこかでサイレンが聞こえたような気すらする。サイドミラーにはただただ暗闇しか映っていない。ハンドルを握ったまま「歌と言われても」と口にした自分の声の自信のなさが、泣きたくなるほど滑稽だった。少女の膝に置かれた手に視線が泳がないよう、握る拳に力をこめる。
「何で歌わないとならないのさ」
「旅路は賑やかな方がいいと思って」
「君くらいの歳なら遠足だろ。旅っていうより」
「高校で遠足とかないから」
「あれ。なかったかな。『帰るまでが遠足だ』ていうお決まりのセリフを言ったのが物理の教師だった記憶があるんだ。途中で抜け出して遊びに行ったけど」
「じゃあ遠足でいいから。遠足なら歌うでしょ」
「……とはいえ、沈黙は金らしいし」
「なら、雄弁は銀」
「五輪的には金のほうがありがたみが……」
 わたし二番贔屓なの、と少女が神妙に呟く。「動物注意」の黄色い看板が窓の外を過ぎ去っていく。
「……ラジオでも流そうか」
「車酔いするから」
「テレビでもいいけど」
「走行中は見ちゃ駄目って、聞いたことある」
「……法令遵守の精神に頭が下がるよ」
 不機嫌そうに鼻が鳴らされる。カチャリ、という金属性玩具が発するような軽快な音が続き、少女の手の中の拳銃が僕に向けられたのがわかった。歌ってよ、と、その小さな口が命令とも懇願とも判断できない言葉が続く。
「下手なんだ」
「期待してない」
「それは職場と家族と恋人相手に聞き飽きたなあ」
「じゃ、する。期待。泣いて感動する程度でいいよ」
 マジかあ、と息を吐くと、マジだよ、と小さな声が即座に応じる。カーブが続き、ハイビームが暗闇を切り裂く。
「……遥かに望む遠の海原、水清らかに連峰に朝陽差し」
「……何その歌」
「校歌。高校の頃の。だいぶ忘れてるな」
「お兄さんって何歳なの」
「君よりは年上だと思うよ」
「当たり前のことしか言えない人って、人として終わってると思う」
「……否定はできない」
 けど、と続けるとき、少女が身を固くしたのがわかった。
「ネット募集の銀行強盗計画に乗った時点で、君も僕も終わってる」
 視線を僅かにそらせる。車内に静けさが戻ってくる。
 車のヘッドライトが峠の案内板を照らしたかと思えば、橙色のトンネルが視界に入る。車内は焼けた写真のような色に斑に染まり、少女も僕も黙ったまま正面を見据えていた。
 トンネルを抜ければ、微かに藍色を帯びた空が木々の間から覗いていた。
 道路はのっぺりとした夜の底を抜け出して、もう二度とこないかと思えた朝に向かっていた。


 帰るまでが銀行強盗です、と代表役の男がノリと勢いだけで宣言しているのがわかった。
 綿密な計画なんてどこにもなくて、力技で押し切ろうというのが見て取れた。初めて顔を合わせたというのに、それが漏れ出てしまうほど、無用心な首謀者だった。あの時、集合場所のカラオケ店にいた全員がそう思っただろう、と思う。
 銀行員の対応は事前に聞いていたマニュアルどおりで、マニュアルどおりだったからこそ、メンバーは全員捕まった。何だか夢の中にいるように足元が覚束ない僕らを、一切の無駄なく、整理券を事前に配った客に相対するように、きちんと処理していた。見事な手際だったと褒め称えられただろう。
 彼女が発砲しなければ。
 不意に現実に引き戻された。
 それは、家族に絶縁されて、給料は未払いで、恋人に結婚資金を持ち逃げされた、現実世界だった。
 銀行から飛び出す少女に追いすがって、信号待ちの乗用車から運転手を引き摺り下ろして、僕はアクセルを踏んだ。


 九十九折りの坂道を下りきると、小さな港町に出た。可愛らしい小船が幾重にも係留され、堤防は青銅のような静けさを保ち、水平線は日の出をぐっと押さえ込んでいるように、光を滲ませていた。
 車を降りて僕らは防波堤の向こうに広がる凪いだ海を見つめた。遠くでサイレンが聞こえる。
「遥かに望む遠の海原、水清らかに連峰に朝陽差し」
 少女がぼそぼそと呟く声が、波音の間を縫うように聞こえた。
 水平線に光が溶け出した。日の光が、山の斜面に反射して、滑るように町を照らす。
「……これを、ただの旅行で見れたらよかったのに」
 少女の言葉が耳をつく。
「ちゃんと帰り方を教わっておくんだったなあ」
 不意にそんな思いが胸にわいた。
 本当に不意に。
 横を見れば、彼女が脱力するように笑っている。帰ろうか、と言葉に出さずに口が動く。
 そうして彼女は拳銃を高く掲げた。
 引き金を引く。音が弾けて、何層にも波紋のように反響する。
 スタートラインの号砲のように。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

17/09/10 光石七

拝読しました。
途中で明らかになる予想外の非日常的設定。
でも二人の会話や心情描写には親近感や現実的重みも感じられ、魅力的な雰囲気のあるお話だと思いました。
不意に帰りたい思いがわいたラスト、銃声による幕切れが秀逸ですね。
素敵な作品をありがとうございます!

17/09/10 四島トイ

>光石七さま
 読んでくださってありがとうございます。コメントいただけて本当に嬉しいです。お優しいお言葉に救われる心持です。
 ……お恥ずかしながら話の構成や展開、キャラクターづくりや会話がさっぱり成長せず、自分の話作りの限界を感じるようで苦悶しております。
 とはいえ、お見せするのに少しでも恥ずかしくない作品にできるよう頑張ります。今回は本当にありがとうございました。

ログイン
アドセンス