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氷室 エヌさん

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だってきみは

17/07/31 コンテスト(テーマ):第141回 時空モノガタリ文学賞 【 黒板 】 コメント:4件 氷室 エヌ 閲覧数:352

時空モノガタリからの選評

黒板と少年の心の交流が暖かく、親しみやすい内容ですね。いじめという大きなストレスと孤独を生みやすい環境下であっても、この黒板のような仲間がいればかなり心の負担は軽くなることでしょう。人間ではないために、打算が感じられないのも良いところだと思います。この主人公が受けたように、いじめというものは案外些細なきかっけで始まったり終わったりすることが多いのかもしれませんね(そういえば自分も小学校の頃、漆にかぶれたのがきっかけで少しの間いじめられたことがあります)。静かで、淡々としながらも相手を思いやる気持ちが感じられて、読後感が良かったです。いじめという内容を扱いながらも、作品そのものは穏やかな空気に満ちている点もなんだか新鮮でした。

時空モノガタリK

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 端的に言えば僕はいじめられていた。
 何をきっかけに始まったのかはもう覚えていない。いじめている男子数人のグループだって、多分覚えていないと思う。そんな些細なきっかけとは対照的に、僕は今クラスの全員から無視されるようになっていた。以前仲良かった友人も、自分がいじめられる標的になりたくはないからと、今では僕とあまり話さなくなっている。
 それは多分、仕方のないことなのだと思う。それを理解しているから、僕は誰にも助けを求めなかった。求められなかった。
 ――放課後。夕日が射し込む教室で、僕は一人、黒板を消していた。五時間目の数学の授業で使われた黒板は、数式がたくさん書かれたままだ。掃除当番の男子は、僕をいじめているグループの一人で、僕に黒板の掃除を任せてさっさと帰ってしまった。
 何度か黒板消しを往復させて、ようやくそこは綺麗になった。最後に、黒板の全体を見るために教室の後方に向かう。
「……あれ?」
 何だろう。全部消したはずなのに、右端に何か小さく文字が残っていた。見落としていたのだろうか、僕は再び黒板へと近寄る。
 そこには丁寧な小さい字で、「ありがとう」と書いてあった。先生が書いたのだろうか。僕は大して気にもせず、その言葉を消して教室を出る。
 翌日も、そのまた翌日も掃除を押しつけられ、僕はようやく気付いた。
 その黒板は、僕に語りかけていたのだ。黒板の文字は独りでに現れ、意志の疎通が可能だった。不思議な話ではあるが、学校に楽しみが見いだせなかった僕は、その奇妙な会話にのめり込んでいった。
「いつも一人で掃除してるね」
 僕は黒板の言葉に対し、「うん」とチョークで書き込む。
「どうして?」
「いじめられてるから」
 黒板に浮かび上がるように現れる文字が、一瞬ぴたりと止まった。
「ひどい人たちがいるんだね」
 でも大丈夫、と。続けて文字が現れる。その文字はとても綺麗で読みやすかった。
「わたしはきみの味方だよ」
「……なんで? なんでそんなこと……」
 だって、今までだれも助けてはくれなかった。手を差し伸べてくれはしなかった。それが、当たり前だと思っていたのに。
「だってきみは、すごく丁寧にわたしを綺麗にしてくれるから」
 それからと言うもの、僕は黒板と色んな話をした。いつも居眠りをする生徒のこと、字の上手な先生、下手な先生がいること、黒板もひっかかれるのは嫌いだということ。そんな話をしているうちに、僕と黒板は急速に仲良くなっていった。学校に来るのも、苦痛ではなくなった。
 ――そして、僕が黒板と話すようになって数週間後。
 きっかけが些細なことだったのと同様に、僕のいじめは些細なきっかけで終息した。僕の教科書や筆記用具は隠されたりすることはなくなり、かつての友人とも安心して会話が出来るようになった。いじめっ子グループとも普通に話せるようになった。
 そうして、僕は次第に黒板のことを忘れていった。
 ある日、掃除当番の順番が回ってきて、僕と友人は黒板を担当することになった。ふと、あの不思議な会話のことを思い出して、こっそり「元気?」と書き込んでみたりした。返事はなかった。そう言えば、僕と黒板が会話をしたのは、教室に他の生徒がいない時だけだった。何となく気になった僕は、その次の日、いつもより朝早く学校に来て、黒板の前に立った。
「おはよう、元気?」
 そう書き込めば、ゆっくりと白いチョークの文字が浮かび上がる。
「おはよう、元気だよ。最近、きみも元気そうだね」
「うん。なんか、仲間外れとか無視とか、なくなってさ。前より学校も楽しいんだ」
「それは良かった。楽しいのが一番だよね」
「そうだね」
 暫く会話が途切れた。始業時間が近くなる。外からは登校してくる生徒の話し声が聞こえてきた。僕はチョークを握り直す。綺麗な字は書けないけど、心を込めて丁寧に――。
「ありがとう。君が僕の話を聞いてくれたおかげだよ」
「そんな。わたしは何もしていないよ」
 黒板に字が現れる。僕は首を横に振って、言葉を書き足した。
「君と話が出来たから、君が手を差し伸べてくれたから、学校が怖くなくなったんだ。だから、ありがとう」
 少しの間をおいて、黒板に文字が現れる。それはとても美しい文字だった。
「こちらこそ」
 その文字が浮かび上がった瞬間、教室のドアが開いて、どやどやと生徒が入ってきた。友人の一人が「あれ? 早いな、おはよう」と声をかけてきた。
「……うん、おはよう」
 僕は黒板に残った会話を消しながら、こっそり「またね」と書いてみる。返事はなかった。その後、教室に一人残って何度か試してみたけれど、返事が返ってくることはなかった。
 その黒板は、既にただの黒板になっていた。でも、僕はその黒板のことを忘れることはないだろう。


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このストーリーに関するコメント

17/08/08 浅月庵

氷室 エヌ様
作品拝読いたしました。

いじめられっこの主人公と黒板のしばしの友情。
温かい話でありながらも、もうこれから主人公と
黒板が会話すること、会話できることががないんだろうなと
思わせる切なさがマッチしていて、とても良かったです。

17/08/09 氷室 エヌ

>>浅月庵さま
コメントありがとうございました。
主人公の成長のなかで、不思議な友達との関係が終ってしまう……という流れを意識していたので、そう言っていただけて嬉しいです。

17/10/04 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
黒板との不思議な交流。優しさと思いやりが滲む二人(?)のやりとりが温かいですね。
もう主人公が黒板と会話できないのは寂しいですが、黒板は主人公を見守っていることでしょう。
素敵なお話をありがとうございます!

17/10/07 氷室 エヌ

>>光石七さま
コメントありがとうございました。
相手が人間でないほうが案外相談しやすかったりするのかな、と思ってこの話を書きました。
もったいないお言葉、ありがとうございます。

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