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入江弥彦さん

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組み立て式の夢

17/07/30 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:5件 入江弥彦 閲覧数:525

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 空から降ってきたみたいな煙突が何本も並んで、そのどれもがごうごうと煙を噴き上げている。
 何かを燃やして出たものなのか、はたまた水蒸気か、もしかすると出ているように見えているだけで空の成分を吸い込んでいるのかもしれない。工場は十年前――二〇七七年だったと記憶している――に完全に機械化されてしまったので、本当のところはわかりっこない。
 防犯意識の欠片もないがばがばの有刺鉄線の間を潜り抜けて、見上げるほど大きなタンクの間を歩く。
 海沿いをひたすらまっすぐ進んでいくと、少しはずれたところにいつものプレハブ小屋が見えた。家だといっても差し支えない大きさのそれは、まるで僕の帰りを待っていたかのようにぬらっと暗闇の中に立っていた。
 秘密基地だというにはもう年を重ね過ぎた気もするのだけれど、まだ社会人二年目。許されても良いのではないかと考えながら、ほんの少しの背徳感とともにネクタイを外した。いつもなら鞄にしまうネクタイを、今日は海に投げ捨てる。どこまでも暗い海はネクタイをいとも簡単に飲み込んでしまった。
 あんなものはもう必要ない。今日までは社会人二年目の僕も、明日には世界初のタイムトラベラーになっているはずなのだから。そこまで考えて、それなら正装のほうが良かったのではないかと思っても海がネクタイを返してくれるわけがない。この世界の情報ともおさらばだと、手首に巻いた携帯端末を海に投げ捨てた。できるだけ遠くへ投げたつもりなのだけれど、すぐにぼちゃんという音が響いた。
 これで僕を縛るものは何もない。
 プレハブ小屋に鍵を差し込んでから違和感に気が付いた。鍵が開いている。あんな大事なものをしまっているのに鍵を閉め忘れることは考えにくいし、誰かがここに入ってきたということはもっと考えられない。
 恐る恐る扉を開けると、ヒッと甲高い声が上がった。
「だ、誰?」
 それはこちらのセリフだ。
 手に持った細長い携帯端末に照らされて、青白い顔の少女が暗闇に浮かび上がる。中学生くらいだろうか。電気をつけると、眩しそうに目を細めた。彼女は妙に分厚い携帯端末を二つに折りたたんでから再度僕を見て身を縮めた。折り畳み式の携帯端末は初めて見るが、最近発表されたのだろうか。ニュースを飛ばして読む癖がついてから、なにかと情報についていけない。
 部屋の中央に置かれたものが無事だということに安堵して、彼女に優しく語り掛ける。
「名前は?」
「アサヒ」
「どうしてここにいるの?」
「えっと、家出……」
 警戒するような仕草を見せていたが、少し話してみると次第にこのプレハブ小屋が僕のものだと分かったらしい。アサヒは安心したようにほうっと息を吐いた。肩で切り揃えられた髪は、今どき珍しい黒色で、アーモンド形の瞳は少し腫れている。
「タイムマシンには何もしてないか?」
「タイムマシン?」
 彼女が復唱したので、僕もそれを返して真ん中に置いた箱を指さす。小屋の中の小屋といってもおかしくないだろう。学生時代からの研究の成果が、プレハブ小屋の中央に鎮座している。
 アサヒは僕の言葉を聞いて、目を輝かせた。
「お兄さんはタイムマシンでどこに行くの?」
「未来だよ、未来。今日はこの中で眠るんだ。そうすれば、ずっと先の未来に行ける」
 同年代の友人は僕のこの理想を馬鹿にしたけれど、アサヒはその言葉を聞いてさらに目を輝かせた。
 その反応が新鮮で嬉しくて、彼女がどこのだれかなんてどうでもよくなる。タイムマシンの詳しい構造をできるだけ専門用語を織り交ぜながら話してやると、彼女は僕を尊敬したような目で見て、うっとりとしたまま口を開いた。
「一緒に入ってもいいっ?」
「え、いや、一緒に寝るってことだぞ?」
「うん! 平気! 私も未来に行ってみたい!」
 断らせないというような言い方に負けて、僕はジャケットを脱いだ。
 タイムマシンを開いて、彼女を促す。中には家から持ってきたシングルの布団が敷いてあって、その周りがたくさんの機械に囲まれている。
「家出じゃなくて、時間の旅になるんだね!」
 アサヒを先にいれて、僕も中に入って扉を閉めた。スイッチを押して、タイムマシンを起動させる。
 初めて嗅ぐ女の子の匂いにくらくらしながら、僕はすぐに意識を手放した。





 アサヒを連れて工業地帯を抜け出す。外の風景は何も変わっていなかった。
 きいたことのないニュースが飛び交っているのは、一日情報を遮断したせいだろう。
「もし、今は何年ですか?」
「二〇八七年だよ」
 通りすがりのおじさんは、当たり前のことを尋ねる僕を不信がることなく、そう答えてくれた。
 ほら、何も変わっていない。昨日と同じ。
 がっくりと肩を落とす僕に気を使ったのだろう。アサヒはしきりにすごいすごいと繰り返していた。


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このストーリーに関するコメント

17/08/07 トツナン

拝読しました。
過去ではなく『ずっと先の未来』に行きたいと断言する主人公の『僕』。ネクタイも携帯端末も海に捨て、見知らぬ女の子に研究の成果を嬉々として語り、くらくらしながら眠りに落ちる。社会人2年目という捻くれ要素も感じさせず、少年がそのまま体だけ成長したような若々しさが眩しい限りでした。

17/08/09 むねすけ

読ませていただきました
ラストの一文で、瞬いてくるアサヒの携帯端末、SFの神髄を見たような気がしました
はじかれた二人の居場所と閉塞、もたれかかる背中、自分の書きたい物語の理想をみるようで、心酔しきりです

17/08/15 入江弥彦

トッテン様

コメントありがとうございます。
この作品の中で主人公の青さや、現実との乖離を表現できていると嬉しいです。
お読みいただきありがとうございました!

17/08/15 入江弥彦

むねすけ様

コメントありがとうございます。
携帯端末の表現に全神経を集中させたといっても過言ではないくらいです。うまく表現できていたようで安心しました。
たくさんお褒めいただき、ありがとうございます。これからも精進いたします。

17/09/08 光石七

拝読しました。
舞台は近未来ですが、主人公のキャラクター・内面は今の時代にも通じるように感じました。
「分厚い折り畳み式携帯端末」から察するに、アサヒは……でしょうか。
ラストの二文がいいですね。主人公は落胆しているけど、実は……
世界観も魅力的で、読みやすく楽しめました。
面白かったです!

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