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忍川さとしさん

創作趣味に目覚めたのは、ブログ活動の結果です。
性別 | 男性 |
---|---|
将来の夢 | 小説家 |
座右の銘 | 夢見ることが人生 |
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このストーリーに関するコメント
創作趣味に目覚めたのは、ブログ活動の結果です。
性別 | 男性 |
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将来の夢 | 小説家 |
座右の銘 | 夢見ることが人生 |
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姫のバッグを、今誰かが持ち去ろうとしている。
だから俺はホームを飛び降りたが、線路を越えながら、迫る電車に仰天した。
「ぎゃあっ――――!!!?」
そして人々の視線が痛いのが、俺が間一髪対岸のホームに飛びつけた事を教えてくれた。
「ふうっ…………」
ともかくバッグは無事だった。少し向こうに、走り去る犯人の背中が見えた。俺は構わず、やや大きめの桜色のボストンバッグを抱きしめる。ほんのり、姫の香りがしたのだが――。
「わたしのバッグ、見ていてくれたのね。どうもありがとう。でも返してくれないものかしら?」
「げっ!?」
俺が狼狽したのは、姫の言葉があまりにも、俺の想像とかけ離れている所為であった。『想像』には、少し面倒な説明がいる。
さて、俺がこの駅に来るのは、毎朝ラッシュを過ぎた後。
ひとしきりの喧騒が一段落した雰囲気は、祭りの後を想起させて悪くない。というのは格好を付けただけで、本当はこの時間が好きになったのは最近になっての事だった。
その理由が、対岸のホームに現れる、緑の黒髪も麗しい俺だけの姫。
いでたちから察するに、OLだろう。二十二才の大卒新人で名前は『子』が付く。趣味は映画と小旅行。気さくな性格で、きっと理想的な恋をして、素晴らしい男と、良き家庭を築くことだろう。子供は二人かなあ……、その腰付は健康的に充実していた。
「それに引きかえ俺はときたら……」なんて、思う時期はもう過ぎた。
その姫が、なんと今朝は白いワンピース姿で、ボストンバッグを提げて現れたのだ。
一体何処へ旅行なのかと、俺は心を乱されたし、もっと驚いたのは姫が俺に会釈したように見えたからだった。
姫がバッグを置き去りに、ベンチを離れたのがそのあと直ぐ――。
そして置き引きらしき男が現れ、俺はホームに命がけのダイブをし、現在に至る。
「もう電車が来る頃だわ。あなたはどうするの? わたしが何処に旅するのか、知りたくはないものかしら?」
「えっ!?」
からかわれているなんて、思う余裕もない。
「それともあっちのホームに戻って、またいつもの電車に乗って会社に行く? あなたが向こうにたどり着く頃には、わたしはもう居ない。もう二度と会うこともないでしょうね? フフッ?」
「なっっ!?」
やがて電車が滑り込み、俺たちを迎え入れるように自動ドアが開いた。俺は姫に付いて、電車に乗るしかないではないか。向かい合わせの席に落ち着くと、俺は姫に名を聞いてみた。
「ああ、名前ね。聞いてどうするのかしら? 婚姻届でも出すつもり?」
「ばっ!?」
「違うの……? じゃあ、離婚届ね。今までお世話になりました」
「ちょっ!?」
うつむき加減の姫は、悪戯っぽく笑っていると思ったが、震える肩の理由は違った。
――泣いているのだ。
「いいのよ……。わたしが何故泣いているか、なんて。あなたの素晴らしき人生の、つまずいた石ころにすぎない」
「どっ!?」
「あなた、さっきから、「なっ!?」とか「げっ!?」ばっかりで、少しも会話が弾まないわ。やっぱり、合わないのかしら? わたしたち」
俺はまた「げっ!?」などと言ってしまったが、その後直ぐに、思いのたけを姫にぶちまけた。
毎朝楽しみにしていた事。色んな想像をしていた事。そして、想像が違っていた事。
姫は頷きながら真剣に聞いていてくれた。今度は何故だか、俺の方が泣いていた。聞き終えた姫は、「次はわたしの番」とばかりに、話を接いだ。
「こっちは想像の通りだったわ。おおむね。いえ、だいたいのところで。まあ、十分に補正の範囲内だわ」
「……じゃ、ダメじゃん」
「そんなことないわ。まあ、例えるなら、あなたはわたしが置いたバッグを心配して来てくれたけれど、予想ではちゃんと階段を駆けてくるはずだった。それがあんな事になるなんて、一つ間違えたら大惨事よ? どうしてくれるの?」
「いやっ、無事だったしっ!! ってか、置き引き寸前だったんだよっ!? 最短距離を選ぶだろ!? 普通」
「叫ぶとか、あるじゃない?」
「あのなあ?」
「わたしは叫ぼうかしら? それが最短距離なのだから。良いことを聞いたわ」
「何を叫ぶんだよ?」
「あなたが毎日わたしに向けて、対岸のホームから心で叫んでいた……ことば。ああ、恥ずかしくて口にできないわ」
「叫んでないしっ!? それにそこまで恥ずかしいのか? 俺の気持ち」
「じゃあ、わたしの心を叫ぶわ。あなた、ひどい人ね」
「どうすれば良いんだよっ!? 俺は――」
そんなこんなで、車窓に海が見えてきた。
(「そういえば、ここ数年叫んだ事なんて無かったな……」)
俺は姫に計って、旅の目的地を次の駅で降りた白砂の海岸にすることに成功した。
海岸から海に向かって、二人で叫ぶ為である。