64GBさん

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Dad

17/07/28 コンテスト(テーマ):第111回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 64GB 閲覧数:408

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「やめれ!やめ!やめ!」
バンバンと机を叩いて音楽プロデューサーの江崎が立ち上がった。眉毛がねじれている。
古いスタジオで新曲の御披露目をしていた新人バンドが慌てて音を止めた。バンドのリーダーであり作詞作曲担当の小笠原が鋭く歩み寄った。こちらも相当殺気立っている。
「なにが悪かったんすか!」
マイクの音が反響しなくなったことを確認して江崎が言った。
「駄作なんだよ!駄作!」
「まだ全部聞いてないじゃないですか!」
「聞かなくても、もうこの時点で駄作なんだよ!心に何も訴えて来ねー!プクプクとアブクみたいに早口で歌いやがって!中途半端なラップみたいな曲がウケると思ってるんか!」
「ハァ?だって江崎さんは新しいメロディーを創れって言ってるじゃないですか?」
「お前な、新しければ何でもいいと思ってるんか!確かに美しいメロディーラインはもう残ってないかもしれない。でもな、それでも!それでもな、オレたちは美しいメロディーラインを創り出していくしかないんだよ!」
「そりゃわかるけど、どんな曲を書いても何かの曲に似ているって言われるじゃないですか。必ずどっかで聴いたな〜って思われますよ!一体どれくらい曲がこの世にあると思っているんすか!」
江崎はイスに座り直して
「お前な、もうバンド辞めろ……。自分に言い訳しやがって。自分の才能に蹴り入れて這いつくばって進めねーヤツに居場所なんてこの業界にはねーんだよ」
容赦のない言葉だった。スタジオ中が硬直した。
「ちっ! オレたちだって遊びでやってるんじゃないんですよ!みんな人生賭けてんだ!負けて帰る場所なんてみんな持ってないんですよ。ダメだったら死ぬしかないんだ!」
「じゃあ死ねよ。才能あるかなと思って声かけたけど失敗だわ。オレは次の奴発掘してくるからここ片付けてキレイに死んどけ」
小笠原の顔が黒ずんでいくのがわかる。
「オレたちがこの曲に行き着くまでにどんな苦労をしてると思う!」
「知らねーよ。大体そんなことミュージシャンなら皆やってるだろ」
「くそっ! あんたの言う才能ってなんなんだよ!」
「オレが求めているのは中島みゆきのような才能だよ。お前でも『時代』くらい聞いたことあるだろ? 二十歳そこそこであの詩が書けるか? あの歌で人生立ち直った人がどんだけいると思うんだ! お前のアブクのような歌で自殺する人を救えるのかよ? 世代を越えて愛される、そういう歌を創れって言ってるんだ。歌を世に出すっていうことはそういうことだ」
「あんな名曲と比べるんじゃねーよ」
「江崎さんのダメ出しにいちいち吠えるな」
ドラム担当の下町が立ち上がった。バンド内のトラブルがあるときは、彼が間をいつも取り持ってきた。バンドの精神的な支柱の役を担っている。
「オレは江崎さんの意見は正しいと思う。オレたちの歌を聴いて人生ダメになる奴が一人でもいたなら……オレはバンドを辞める」
「オレも辞めるわ」残ったメンバーも下町にならった。
「なんだよ。わかってきたじゃねーか」
「オレたちは覚悟が足りんかった。ウケる歌とか、金になるとか好感度なんかは関係なかった」
下町のこういう意見はバンドの方向性を決める力がある。
「お前たちよ、ハナワの『お義父さん』って知ってるか?」
江崎が目でここが重要だと言っている。
「ありゃな、ハナワの等身大の愛なんだよ。だから奥さんが泣き崩れて、お義父さんも帰ってきて再会できたりするんだろ。あんな心のこもっている歌聞いたらヒットするなって
言ってもヒットするぞ。あれがつい最近見た歌の力だな」
「わかります。あの歌聞いてるとき、いつかの歌に似ているとか、陳腐だとか思わないですね」
下町が頷いた。
「そういうことだ。つまり歌詞にどんだけお前たちの心をつめこむか、それが全てなんだよ」
「すんませんでした……」
小笠原が素直に謝った。江崎も少し冷静になって声のトーンが下がった。
「だから、歌詞に『涙こぼして』とか『抱きしめて』とか気持ち悪いんだよ。お前たち切なくなっても涙なんて出ねーだろ? 現にこの状況でお前は泣かないし、誰も抱きしめたりしないんだよ。心にもないことを歌詞にして人に響くかっていうの!」
小笠原が書いてきた歌詞には『涙』があちこちに散りばめれていて、初めて大きな間違いをしていると指摘された。
「江崎さん、オレにそんな『時代』みたいな詩が書けますか? オレ……器小さいし……すぐカッとくるし」
江崎が歩み寄って言った。
「出来る! 叩けばモノになる!オレはそう思った! 聞いた人間の人生を変えるような歌詞をお前は書ける! そのために今、順調につまづいているだけだ!」
小笠原の唇が震え、そして泣いた。
「江崎さん、なんでコイツに書けるって言い切れるんですか?」
下町が聞いた。
「小笠原はな、太宰を読んで全裸で殴りかかってくる感じで、おもしれーって言ったんだ。かなりユニークだろ?」
「それが理由ですか?」
「いや、下町よ……才能の別名を知っているか?」
「いえ」
「情熱だよ。才能があったって去っていくヤツはごまんといる。コイツにはアホみたいな情熱があるだろ。最後はその差になるんだよ」
コンコンとノックがあった。
「江崎さん、ピザのお届けです」
全員が入り口を見ると音響スタッフの女の子が大量のピザを持ってスタジオに入ってきていた。
ピザのいい匂いが荒れた雰囲気を和ませた。
「おっ、きたきたドンピシャだな」
「江崎さんですか? これ頼んだの?」
下町が言った。
「おう、今日はお前たちが一皮剥けると思ってスタジオ入る前に注文しといたんだよ」
「負けたー完全に!このとーちゃんに座布団やってくれ!」
小笠原が泣きながら笑った。メンバーも心から笑った。


この後、江崎はDad(父ちゃん)と呼ばれるようになった。


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