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浅月庵さん

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愚鈍な私が成長するために  

17/07/25 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:449

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 ◇
「あなたには本日より、この子を専属で育てていただきます」
「こちらは一体……」
 私は上司の貝原さんに手渡された透明なケースを確認すると、その中身を見て地面へと放りたくなる衝動に駆られた。
「政府から託された機密事項なので詳しいことは言えませんが。紛れもなく“子ども”ですよ」
「子ども……?」
 私にはそれが、携帯電話ほどのサイズをしたダンゴ虫のように見えた。
 ただ、形は似ていても表面が黄金色に輝いて綺麗で、恐らく両眼と思われる突起物も付いている。このような生物、今までの人生で一度も見たことがなかった。
「あなたたち家族に一部屋設けます。一定期間を過ぎるまで、そこから出てはいけません。私以外の他者と接触することを禁じます」
「……わかりました」
「この子を育てることは、あなたにとってきっと、成長に繋がりますよ」
 子育てとは、子どもだけなく親も共に成長するのだと聞いた覚えがある。
 私は貝原さんから託されたこの子と一緒に、自身も成長するのだと決意した。

 ◇
 児童養護施設の職員として働いていた私は、日頃から先輩に馬鹿にされることが多かった。要領が悪く、ちょっとした質問にもすぐに反応ができず黙り込んでしまうところが、あの人たちの癇に障るのだろう。

 ただ、そんな先輩たちからの悪態も数ヶ月前から収まり始め、私への対応も感情的なものから機械的になったのだ。
 その原因は、先輩たちに課せられた二週間ほどの研修のおかげだった。研修から帰ってくると先輩たちは、人が変わったように言葉遣いも丁寧になり、私を無闇に叱ることもなくなった。
 私はそのことを嬉しく感じるのと同時に、他人の悪口を言わないことくらいが自分の長所だと思っていたので、途端にその個性さえ失われたような気がした。

 ーー私たちに与えられた部屋は、トイレもお風呂も完備された、軽く走り回れる程度の広いものだった。
 施設内にこんな空間があるなんて知らなかったので、素直に驚いた。

 私の子ども。名前はネオ。オスかメスかもわからない、昆虫なのか動物なのかも不明な生き物と、私は生活を始める。
 貝原さんが言うように、政府直々のお達しということは、とんでもなく貴重な生物に違いない。私のような愚図で鈍間な人間に飼育を任せていいのだろうかと、急激に不安の波が襲ってきた。

 ただ、その不安をよそにネオは、私と同じものを食べたし、同じ時間に眠ったので、子育てに苦労を要さなかった。
 そしてそのうちネオは、鳴き声のようなものを発するようになった。それはただの甲高い“音”から、次第に“声”となる。
「ネオ、ご飯にしようか」
 貝原さんが運んでくれた食事をテーブルの上に置くと、ネオが二つの突起物で私の唇を認識し、口を開いた。
「ネオ、ご飯にしようか」
 ネオは私と同じ言葉を、同じ声質で口にしたのだ。
「えっ!? ネオって喋れるの?」
 私はその日を境に、ネオの子育てが楽しいものへと変わっていった。

 こんなに知能が高いのなら、話し相手にだってなってくれるかもしれない。勉強だって教えればわかるかもしれない。
 手足のないネオに文字の読み書きはできなかったが、それでも言葉を、知識を教えていくと、どんどんとネオは人間らしくなっていった。

 姿形は正直、自分の意思で動く小判のようにしか見えなかったけど、私はネオに対してどんどんと愛着を持っていった。
 私のなかで確実に、本当の子どもと接しているような母性が芽吹いていると気づいたのは、私たちの生活が終わる一日前のことだった。

 ◇
「橋本さん。ネオとの生活はどうでしたか?」
「とても有意義な時間を過ごせたと思います。ネオってとても頭が良いんですね」
 私は腕に抱えるネオの頭を指で撫でた。ネオは表情こそないが、うっとりとしているのが私にはわかった。
 その意思疎通が、私たちが家族になった証拠のように感じられて嬉しかった。
「ネオの子育てを経て、随分自信がついたように見受けられます」
「ありがとうございます!」
 
 ーー私の返事を受けて、貝原さんが口角を上げた。研修以来、滅多に笑わなくなった貝原さんのその表情に、私は何故だか背筋を凍らせた。
「二週間ありがとう」
 その言葉が合図だったのか、ネオが突然私の頭に飛びつくと、後頭部に這い回った。瞬間、私は鉄杭を頭に打たれたような激痛を感じ、絶叫しながら崩れ落ちた。遠くへ蹴り飛ばされた私の意識は、もう二度と戻ることはなかった。
 
 ーーほんの数分して、かつて橋本だった者が立ち上がった。
「これで邪魔が入ることはないだろう」
 貝原がそう言って、子どもたちが集まる大ホールへと向かう。 
「やっぱり手足があった方が便利ですね」
 橋本は、大量のネオが入ったケースを抱えると、その後ろに付いていった。


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