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秋 ひのこさん

歯について考える時、右と左がよくわからなくなります。右奥だっけ、左奥だっけ。虫歯が絶対にあると思われるあの場所を伝えるべく「ええと、右です。そして上な気がします」と言ったら先生が「うん、上は上でも左ですよね」とか言う瞬間が恥ずかしいので、虫歯は放置しているような人間です。こんにちは。 

性別 女性
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テンジョーさん 〜リカちゃんとちゃうで

17/07/25 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 秋 ひのこ 閲覧数:285

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 どこをどうみてもリカちゃん人形なそれが、野太いおばちゃん声で喋った。
「長旅お疲れさんでした。この度は『テンジョーさん』のご利用おおきに、ありがとうございます。最初に言うとくけど、リカちゃんちゃうで。マイちゃんや」
 ロサンゼルス国際空港で、アサミは人形を片手にスマホでアプリを起動させたところである。
「今日から5日間お世話させてもらいますよって。早速やけど飴ちゃん食べる?」
「すげー」
 夫のナオトが唖然として人形を覗き込む。「テクノロジーすげー」

 『テンジョーさん』はアプリ連動型の旅行引率ロボット。地図が読めない、ナビと相性が悪い、アプリを使いこなせない、日本語以外話せない、行き当たりばったり過ぎて結局何もせず帰宅する、そういう旅下手のために開発された商品で、行き先や予算など簡単な希望を入力すれば、道中は添乗員が面倒を見てくれる。
 前述の旅下手のあらゆる要素が大噴出し、3年前の新婚旅行が大惨事に終わったアサミは、ナオトとの2度目の海外旅行に大いなる不安を抱き、これを入手した。

「ほな行きましょか。あっちですわ」
 マイちゃんがアサミの手の中で小さな手旗をぴっと振った。旗には「松宮ご夫妻アメリカLA旅行」とある。
 何ら迷うことなくバスに乗り、さくさくっと街中まで辿り着く。新婚旅行と大違い。お次は食事である。
 アサミは旅行中、1食たりとも適当に済ませたくない。ナオトはいつも1軒目で「ここにしよう」と言うので、喧嘩になる。
 案の定「腹減ったよ。もうあそこでいいよ」とマクドナルドを指すナオトを、しかしマイちゃんが「何言うてんの、外国来てまでマクドて。サファリパークで『ふれあいワンちゃん』のとこ行くようなもんやないの」と強引に方向転換させる。アサミは『テンジョーさん』をレンタルして正解だったと早くも内心拍手喝采だ。
 そこはナントカグリルと名がついたれっきとしたレストラン。一食目としては、かなり敷居が高い。
 メニューはすべて英語。新婚旅行では、「英語はまあまあ」と言っていたナオトのそれが中学生以下だということが判明し、アサミはアサミでナオトの前では妙に恥ずかしく話せない。ふたりして水を注文するにも苦労する有様で、アサミはこっそりとマイちゃんをテーブルの端に置いた。
 ウエイターはリカちゃん人形に目を丸くしたが、その人形が「私、通訳やねん」的なことを流暢な英語で説明し、続いて2人分料理を注文すると、笑いながらウインクして去って行った。
「あらぁ、ええ男」マイちゃんがうっとりした。

 翌朝、支度にやたら時間をかけるアサミにマイちゃんの檄がとぶ。 
「9時出発や言うたやろ。今日も暑いで。厚化粧しても溶けてまうわ。はよはよ」
「今日はユニバーサルスタジオやで。広いで。めっちゃ歩くで。そんなヒールの靴履いたらすぐしんどなるで。運動靴にしとき」
 土産物屋でも――、
「迷うんやったら買(こ)うとき! ちゃっちゃとせな日が暮れるわ」
 カフェでも――、
「なんでアメリカ来てまでスマホしてんねん。あかんたれな旦那は捨てられるで。ほらもっとヨメと話し」
 いつも片方が文句を言い、もう片方が反発して険悪になることばかり、マイちゃんが先回りしてぽんぽん不満要素を摘み取っていく。本来の仕事である観光ガイドと通訳も完璧で、言うことなしの引率ぶりだ。


「それで、いつ言うん? 飛行機で? 日本着いてから?」
 帰国日、空港の搭乗待合室でマイちゃんが唐突に尋ねた。ナオトはトイレで席を外している。
「旦那がちゃんと『お父ちゃん』になれるか心配で、この旅行で色々見ておきたかったんやろ。それと、旦那とカップル気分で旅行できんのも当分の間お預けやしな」
 アサミは心臓が飛び出るほど驚いた。「なんで、どうしてそれを……」
「マイちゃんは何でもわかんねん」
 と、大きな目でぎこちなくウインクする。瞼も動いたのか。
「添乗員使(つこ)たら旦那の本性は見抜かれへんけどな」
「でもやっぱり喧嘩せず楽しく過ごしたいっていうのが一番だったから……」
「せやな。ま、あの旦那、見栄っ張りでだいぶ頼りないけど、あんたのこと好いてんのようわかるからなんとかなる思うわ」
 搭乗案内が流れ、アサミは「マイちゃん、色々ありがとう」とアプリを閉じ、人形を鞄にしまう。そこへナオトが戻ってきた。
「あれ? マイちゃんもうしまったんだ」
「うん、さすがにもうふたりで大丈夫でしょ」
 アサミはナオトの手を取り、搭乗の列へ向かった。「ふたりっていうか、これからは3人かな」



 ところで、後日『テンジョーさん』アプリが勝手にスマホの中身をハッキングし、人形がその内容をべらべら喋ることが大問題となった上、リカちゃんに酷似し過ぎだと訴えられ、発売中止になったことは、また別のお話。


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