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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

性別
将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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私、母親、ソダチマル

17/07/24 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:5件 クナリ 閲覧数:996

時空モノガタリからの選評

今回はクナリさん流のホラー系統の作品と、内面の葛藤を描く系統の作品がミックスされたような作風ですね。まるでヒヨコか何かのように露店で買った、ソダチマル。得体の知れない形態のそれは、何か生命の根源そのままのような、そんな生々しさを放ち、作品全体の印象を強めていると思います。自分の手に運命が委ねられた小さなソダチマル。それを殺しても何とも思わない内的な残虐性と、その自分を直視することで、子供を持ちたいという欲求を完全に絶とうとする意思。そんな葛藤に満ちた主人公の内面には読んでいて複雑な気持ちになりました。こうした理由で子供を持たない人は、実際一定の割合でいるのでしょう。これは何も考えずに子供を作った挙句虐待するよりも、はるかに賢明な姿勢だと思います。最善の選択というものは誰にもわからないのですが、暗闇の中で少しでも苦しみの少ない選択を模索してほしいなと感じます。

時空モノガタリK

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 高校生になった私は、身長では母を上回った。大人っぽいね、どっちが親か分からないね、と近所の人たちによく言われる。
 母子家庭で一人っ子だったので、娘の私がしっかりしなくてはいけないと自分に言い聞かせてきた。
 母は大人しい人だったが飲酒癖があり、酔っても暴力を振るったりはしなかったけれど、泥酔すると恐ろしく悲観的で自虐的になる悪癖があった。
「お父さんがいなくてごめんね」「女の子なのにこんなにでっかくなっちゃってごめんね」「私が悪いの」「あんたを産んだのは失敗だった、ごめんね」……
 製作者自ら失敗作の烙印を私に押した母は、加齢と生活習慣の乱れからくる独特の臭気を放っており、母に対して幼い頃のように無条件で愛情を抱くことは難しい。
 そのせいでひとつ、心配なことがあった。
 失敗作と実母に言われ、大した愛情も親へ抱いていない私が、将来まともに子供を育てることができるのだろうか。

 高校からの帰り道、私は長い影を夕暮れの中に伸ばして歩いていた。
 通学路には、木立などのせいで、何箇所かひどく薄暗い通りがある。ただでさえ不気味な空間なのに、この日はそこに、一人の露天商が店を出していた。
 暗い中、のぼりには『ソダチマル』の字が見える。その商品名には聞き覚えがあった。
「お嬢さん、ひとつどう?」
「これって、最近流行ってるってやつですか」
 学校でも何人かが教室内に持ち込んで、先生に怒られていた。
 ソダチマル。少し大きめの消しゴムくらいのサイズの緑色の玉で、目と口のような黒い穴が三つ空いている。苔かキノコのような生き物であり、うまく育てれば結構大きく成長する。
 私は結局、ひとつ買って帰った。こっそりと自室の、両開きの収納の中で飼うことにする。
 露店商のおじさんによると、餌は「なんでもいい。どうやったって、育てたように育つ」らしかった。そこで消しゴムのかすを与えると、ソダチマルは口にあたる穴からモグモグと食べた。
 それから日々、ティッシュの切れ端、爪やすりで削った爪の粉、足の指の間に挟まった靴下の綿ごみ、指の毛などを与えた。全く問題なく、緑の毛玉はなんでもモグモグやった。
 私がソダチと名付けたそれは、――ネーミングには我ながら母性的愛情のかけらも感じられなかったが、そんなこととは無関係に少しずつ大きくなっていった。血色も真緑で、健康そうだった。
 耳かきで頭頂部を軽くかいてやると、くすぐったそうな顔をする。先端を口元にやるとゆるゆると噛みついてきたが、木を咀嚼するほどの力はまだないようで、赤ん坊がミルクを飲むようにちゅっちゅと平たい木の棒を吸っていた。
 音楽を聴かせると、少し微笑む。犬のぬいぐるみを横に置くと、安心したようにまどろむ。
 その様子を見ていると、私は毎日、泣き出しそうになった。
 私がソダチを飼おうと思ったのは、飼育に失敗したかったからだ。
 こんなものもまともに育てられないという言い訳を作って、将来、自分が子供を作らない理由にしたかった。
 自分がいつか、子供が欲しくなることが怖かった。妊娠できなければそれでいい、でも万一出産したとして、ネグレクトを含めた一切の虐待をしない自信が全くない。親から愛し方を学んでいない私が、子供を愛せる道理がないと思った。
 ソダチには、育ってほしくなかった。一日も早く枯れて欲しかった。
 私は収納を閉めてテープで封をし、一切の餌を与えないことにした。それからちょっと思いつき、よろい戸になっている扉の隙間から長いプラスチック定規を差し込んで、ソダチの顔面をズタズタに潰した。かなり生命力を削いでやったと思う。こんなことをする人間は、やはり親になるべきではないと改めて確信する。
 そしてそのまま、一週間も経つと、あまりソダチの存在が気にならなくなっていった。
 まったく笑える。大人っぽい? こいつのどこが?



 三ヶ月ほど経ったある日、部屋で本を読んでいると、久し振りに収納の中が気になった。
 光合成すらできずにこれだけ経てば、もうさすがに枯れているだろうと、私は扉のテープをはがした。
 開けてみる。

 その時のソダチの形を、私は忘れないだろう。
 ねじれ、剥がれ、うねり、ちぎれ、壊してやった顔面がどこだったのかすら、もう分からない。
 茶色く枯れた死体は粉っぽく膨れ上がり、背丈は私よりも大きくなっていた。
 それを見ても、私には悲しみのかけらもなく、次の瞬間には、これはどこへ捨てたらいいんだろうと悩んでいた。
 他には、気色が悪いな、と思うだけだった。
 とにかくただ、気持ちが悪かった。

 子供を持つのは、やっぱりやめよう。
 まともに育っても、異常な育ち方をしても、きっとその子は私を殺してしまう。
 そんなのは、可哀想過ぎる。

 子供ではなく。
 私がだ。


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このストーリーに関するコメント

17/07/25 あずみの白馬

拝読させていただきました。
色々考えさせられ、ラスト一文でやられたという感じがします。
これをどう取るかで読後の印象も変わる、名作だと思います。

17/07/25 のあみっと二等兵

拝読させていただきました。
解る方にはとても的確に理解、共感出来る作品だと思います。
ソダチマルが、生き物が大好きな私でさえ、得体の知れない恐怖感があり、それと「まだ想像でしか考えられない、けど自分を試さずにはいられない」主人公のいつか身籠るかも知れない子供に対する嫌悪感ともリンクしているようで、ストレートな物語だと感じます。
生意気なコメントお許し下さい!(´Д`)

17/07/27 待井小雨

拝読させていただきました。
育児というものに対して暖かくポジティブな思考ばかりが働くわけではなく、こういった暗い思いを抱いてしまう人はいると思います。
最後の辺りで「ソダチマル」という存在がとても不気味に描かれていてその存在に嫌悪感すら抱きますが、優しくあたたかく育てたのなら可愛らしい姿を見ることが出来るのだろうと考えると、なおのこと気持ちが暗くなります。
「いい話」の類いではないのでしょうが、個人的にはこういった話も好きです。

17/08/05 浅月庵

クナリ様
作品拝読させていただきました。

ソダチマルを飼育し始めた段階では、
物語がどちらに転ぶのか、希望を持たせて終わるのか
ドキドキしながら読み進めました。

途中の長いプラスチック定規を差し込んで〜の描写は上手いですね。
直接的に殺すところは自分の目で見たくないけど......殺してしまう
ところに、やるせなさを感じました。

最後の方の文章では、きっとその子“を”私“が”ではなく、
その子“は“私“を”になっている瞬間にドキッとして、
ラストの一文で完全に叩き落とされましたね。
救いの無さに胸を締め付けられました。

嫉妬するほど面白く、好きな作品でした。痺れました。

17/09/22 光石七

遅ればせながら、入賞おめでとうございます!
ようやく拝読し、度肝を抜かれました。
主人公の悩みや葛藤、残忍な部分などが実にリアルで、ラストには心臓を握り潰されたような衝撃を受けました。
素晴らしかったです!

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