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ちりぬるをさん

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人はそれを愛と呼ぶんだぜ

17/07/23 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:2件 ちりぬるを 閲覧数:271

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  レポートナンバー395
 午前七時起床。朝食のバナナ、ヨーグルト、牛乳を完食。午前中は積み木で遊ぶ。最近は自分の背丈程のタワーを作るのがハジメのブームらしく、今日は昨日よりも二段高いタワーを建てることに成功していた。正午より昼食。野菜を煮込んだうどん。形があると残してしまう人参もスープ状だと食べられるようだ。二時間昼寝をして、私とキャッチボールをする。ボールを扱うのはまだ苦手なようで、私の元へ真っ直ぐに投げられたのは数える程度だった。午後六時半より夕食。ご飯、オムレツ、サラダ。トマトは嫌いらしく一口だけ食べて残してしまった。午後九時就寝。
 補足。ハジメはやはりあまり笑わない。データと照合しても一般的な一歳児よりも約40パーセント笑顔が少ない。遊んでいる時も食事をしている時もどことなく機械的な印象だ。健康面や成長面では何の問題もない。ただ感情という分野になると不安を感じずにはいられない。私自身に喜怒哀楽という機能がない故の結果ではないかと推測される。

 日付の変わる直前に定期報告を送っていると突然ハジメが泣き出した。脳波から察するになにか怖い夢でも見たのだろう。頭を撫でながらハジメをあやす。泣き止んで再び眠りにつくまで十五分かかった。ハジメの寝息をBGMにしてレポートに取りかかろうとしていると部屋の電子ロックが解錠される音がした。
「マザーAI」
 部屋に入ってきたのは若い研究員だった。寝ているハジメを起こさないように静かに私に近づく。
「今日はメンテナンスの日でしたか?」
 もちろんそうではないことは分かっていた。彼の来室の意図が分からず、ふいに出た軽口だ。
「人工知能も冗談を言うんだな。今日来たのは……」
 微笑みながら私を素通りしてベビーベッドで眠っているハジメの寝顔を覗き込む。
「端的に言えばメンタルケアだ」
「メンタル? 研究一筋の理系人間でも冗談を言うのですね」
 研究員は声を上げて笑いそうになったのをとっさに口に手を当てて抑えた。
「冗談を言いにわざわざ面倒な手続きをしてまでここにくるほど暇じゃないさ。プログラムではなく母親としてのお前と話すにはやっぱり直接合うのが一番だと思ったんだ」
 心拍数、脈拍、呼吸を確認。彼は嘘をついていないようだ。ハジメが遊ぶための大きな木馬に浅く腰掛けて白衣のポケットからA4の紙を出した。
「最近のお前のレポートがネガティブすぎるってチームで話題になっててさ。えーっと『人工知能に育てられるくらいなら狼に育てられた方がましだ』とか『将来なんの感情も持たないマシンになってしまうかもしれない』やら『そもそも世界初だからといってハジメなんていう名前にするというのも悪趣味な話だ』まだまだある。どうせ今日もそんなレポート書いてたんだろ?」
 返す言葉がない。
「お前には確かに感情なんてない。でも一年とちょっとハジメと一緒にいるお前を観察してきて我々はお前の中に母性の芽生えのようなものを感じている。自主学習プログラムの成果がここまでとは正直驚いているんだ」
「母性?」私が人間なら間違いなく大笑いしていただろう。「私にそんなものあるわけがありません」
「まあ、お前がどう考えようと勝手だが」研究員は立ち上がり両腕を上げて伸びをした。「ハジメはきっといい子に育つから心配するなと、それだけ言いにきた」
 彼はもう一度ハジメの寝顔を見ると、疲れているのか首をコキコキと鳴らしながらドアを解錠した。
「そうだ、マザーAI。一つ豆知識なんだけどな、『AI』っていうのは『愛』とも読むんだぜ」
「それはとてもためになる知識ですね」
 研究員は笑いながらドアの向こうに消えていった。

 レポートナンバー423
 午前七時起床。朝食のしらすご飯、煮カボチャ、わかめのみそ汁を完食。午前中は粘土で遊ぶ。最近はなんでも口に入れようとする癖が減ってきた。正午より昼食。たまごサンド、生野菜サラダ、牛乳を完食。絵本を読み聞かせているうちに眠ってしまう。起きてから平仮名パズルをしている際、私に対して「アイアイ」と呼びかけてきた。午後六時半より夕食。カレーライスは甘口でも少し苦手なようだ。午後九時半就寝。
 補足。ハジメが言った「アイアイ」というのは私の名前を呼んだのだろうか? 偶然かもしれない、あるいは別の意味があったのかもしれないにもかかわらずハジメを抱きしめてしまったのは早計であったかもしれない。
 先週より続いていた軟便が改善されてきたのだが……

「マザーAI」
 定期報告を送って十分後、スピーカーから声がした。以前ここを訪れた若い研究員の声だった。「早計なんかじゃない。また豆知識だけどな、人はそういうのを愛と呼ぶんだぜ」


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このストーリーに関するコメント

17/07/25 文月めぐ

『人はそれを愛と呼ぶんだぜ』拝読いたしました。
AIが主人公であり、語り口に感情が入らないよう徹底されているなと感じました。
AI=愛という言葉遊びにユーモアがありますね。

17/07/31 ちりぬるを

文月さんコメントありがとうございます!
多分まだ至らない所があると思いますが……人間関係以外を書くのって難しいなと思い知らされました。

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