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浅月庵さん

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夢の国のアリス〜瞳に映る憧憬〜

17/07/23 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:2件 浅月庵 閲覧数:452

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 虚ろ目。浮遊感。私は横たわり、目蓋がシャッターを切ってそのまま開くことをやめてしまいそうな視界のなかで、両親の後ろ姿を見つめた。

 そろそろ旅行にでも行きたいわねぇとママが呟き、今にも吐き出されそうな溜め息を、ビールで喉に流し込んだ。
 今度の大型連休に海外でも行くかと、パパが煙草を咥え煙を吐き出すと、宙へと燻らせた。

 テレビ番組に触発されたのだろう。画面には、芸能人がグアム旅行を満喫している様子が垂れ流しされていた。
 それはまるで、いつも私にお節介ばかりかけてくる、同級生の牧野龍太みたく、自己満足の塊でできたように見えた。
 飯は食ってるか?だとか、顔色悪いぞ?とか、その擦り傷、転びでもしたか?とか。
 それに、帰りに公園でも寄ってかない?なんて言い出す始末だ。迷惑にも程がある。

 ーー私は次に、どの土地へ旅行に出かけるのだろう。
 そこが、一度も行ったことのない国だったら良いのに、と私は思う。

 睡魔と手を繋ぐその瞬間に、私は今まで足を運んだ、もう数を数えることも忘れてしまった国々の思い出を引っ張り出してきた。その記憶たちは夢に溶け、テレビのチャンネルみたく次々に切り替わると、私を幸福で満たしてくれる。

 ーーアメリカ。
 予想以上に自由の女神像が大きくてビックリしたな。ラスベガスの夜は煌びやかで、その光景だけで目を奪われた。

 ーーフランス。
 フランスと言ったらパリ。まさにお洒落な街だったな。通行人は勿論のこと、カフェのスイーツまでも気品が漂う。女子受けバッチリだ。

 ーー香港。
 屋台で食べる料理は格別。値段も手頃なので、ついつい食べ過ぎちゃった記憶があるな。

 ーードイツ。
 初めて行ったのにそんな気がしなかったのは、よくドイツの人と日本人は性格が似てるなんて話を聞くからなのかな。

 ......突然、私の夢が地震でも起きているかのようにグラグラ揺れた。
 私は焦って、動かない手足を、重い目蓋をこじ開けるのに必死になった。
「愛莉澄! おい、聞こえるか!?」 
 耳元で誰かが大声を出し、私の体を揺さぶっている。パパ?
「ちょっと、あなた何なんですか!?」
 ママが私を叱るトーンと同じ声で、誰かに向かって叫んだ。
「勝手に人の家に上がり込んで来るなんて非常識だ!!」
 パパもママと一緒になって怒っている。
 それじゃあ、私の名前を呼ぶ声の正体は一体ーー。

「非常識なのはそっちでしょ! 愛莉澄、こんなに衰弱してるじゃないですか!!」
 そう言って声の主は私を背中に乗せると、そのまま駆け出そうとした。
「お前いい加減にしろよ!」
 薄い視界の隅に、パパが拳を振りかぶり、鬼のような形相を浮かべるのが目に入った。
「そうやって愛莉澄に暴力振るってたんですか? 傷つけてたんですか? 玄関の扉に靴挟んでおいたんで、大声出したら他の住人に聞こえますよ」
「このガキィィッ!」
「どいてください」
 その一言で、パパはゆっくり拳を下ろした。
「……クソがっ!」

 私たちは家を飛び出した。
 パパとママの怒号が背に飛んできたけど、それは閉めた扉にぶつかって届かなかった。

「いや〜、愛莉澄の両親。怖すぎだな」
 私を抱えてもなお、ウサギのごとく軽快に跳ねる少年。顔を見ずとも、私はその口調と声質に聞き覚えがあった。
「もしかして牧野? 一体どうして」
「どうしてもこうしても、無断で何日も学校休んでたら、普通様子見に来るだろ。家に電話しても繋がらないし」
 その余計なお節介っぷりは、紛れもなく牧野龍太だ。
「はは、ご迷惑おかけしました」
「愛莉澄。お前、相当親に酷い目に遭わされてるみたいだな」
「うーん。大したことないよ。ちょっとご飯食べさせてもらえなかったり、ちょっと叩かれたり蹴られたり、たまに家から出してもらえなかったり、そのくせ学校がある日は、終わったら早く帰って来いって……」
「馬鹿。そういうのが虐待って言うんだよ」
 そうなんだ。こういうのが虐待って言うんだ。
「私の家がこんなだって知ってた?」
「薄々な」
 牧野龍太には気付かれていた。だから今まで私を気遣ってくれたのか。

「……牧野ってさ、海外行ったことある?」
「一回だけな。何だよ急に」
「私、一度もないんだよね。いつか行ってみたいな」
 私は毎晩、寝る前に無料の旅行パンフレットを眺め、その国々へ思いを馳せてきた。
「生きてたらどこへだって行けるさ」
「……今から行こうよ」
「馬鹿。病院が先だっての」
 私は牧野の白シャツを、残ってる力を使って強く握った。
「私、もうあの家に帰りたくないよ……」
 牧野の手が、私の手に優しく重なる。

 ーー牧野の背に身を預けて急ぐこの先が、私が憧れ続けた景色に繋がっていてほしいと、心のなかで強く願った。


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このストーリーに関するコメント

17/08/10 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
ヒロイン・愛莉澄の中で完結していた旅が、現実に息づいていくであろうことを予感させる結末に安堵しました。
一方で、牧野龍太の行動原理はどのようなものだったのでしょう。憐憫の情や正義感、あるいは恋心なのかもしれませんが、個人的には仲間意識のようなものかも、とも空想します。彼もまた育児放棄や家庭内暴力を体験してきたのかもしれません。あるいは彼の兄弟や姉妹の不遇を目の当たりにし、逃げ出し、己の無力さを痛感した存在であるのかもしれません。

17/08/10 凸山▲@感想を書きたい

だからこそ、愛莉澄に『お節介ばかりかけて』いたとすれば、彼もまた誰かの背中を必要としているはず。きっと、過去の記憶に立ち向かう時もくるでしょう。そのせいで、愛莉澄と諍いを起こすやもしれません。それは愛莉澄の夢を叶えるための海外旅行の最中かもしれず、自棄になって、事件に巻き込まれて、傷だらけにならないとも限りません。
そんな彼を愛莉澄が必死になって救い出し、その背に乗せて、今から行こうよ、と促したとしたら。彼の辛い過去を清算するため、帰りたくない家に向かう旅路を二人で踏み出せるとしたら。重ねるだけの手が、強く握り返されたら。きっと憧れた景色に己の足で到達しうるのではないかと。
そんな2人が見たいような、そうでもないような。長々と失礼しました。

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