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八王子さん

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卒業旅行

17/07/21 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:2件 八王子 閲覧数:343

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 日曜日のアウトレットパークはどこの店も混雑している。
「ごめんね、付き合ってもらって」
 ミチルはここまで車を出してくれたソウタに申しわけなさそうに謝る。
「別に構わないよ。ミチルが新しい一歩を踏み出すための大切な準備なんだから」
「そう言ってくれるのはソウタだけだわー。ほんと愛してる」
「はいはい」
 軽い愛の言葉を手を振るようにして払うと、ミチルが笑顔で手を差し出してくる。
「こういうのはまずいって」
「こんなに混んでるんだから逸れたら大変じゃん」
 そう言うやいなやミチルはソウタの手を取って人混みを掻き分けるように突っ込んでいく。
「あっちのお店がもいいのありそう」
「そっちのお店はタイムセールだって」
「こっちのお店に前に欲しかったものが」
 そしてソウタは目が回るほど、あっちへこっちへ連れ回され、空いていたって広くて迷いそうな施設内をめぐる。
 店に入り、出てきた頃には一つか二つのショップの袋が増えていた。
「荷物持ちまでごめんね」
 一度目の謝罪には誠意を感じられたが、二度目の謝罪には心が篭っていないのがよくわる。
「っていうか、一泊の旅行に関係ないものばかり買ってないか?」
「えー、だって言うじゃん。祭りは本番前の準備が楽しいって」
 もう悪びれる様子など微塵もなく、アイスコーヒーのストローに口をつける。
「祭りって……迷惑な祭りだよ」
「ソウタは賑やかなの嫌いだもんね」
「わかっているのなら、俺がわざわざこんな人の多い場所まで連れてきてやったことを褒めてほしい」
「はいはい、すごいすごい」
 昔のおもちゃのようにやる気なく手を打つミチル。
「オットセイの方がもっとマシな拍手をするぞ」
「でもさ、実際問題こうやって明日の旅行に備えて買い物をしている今が楽しいじゃん」
「まあ、それは否定しないけど」
 テーブルの下に置かれた買い物袋の山と混雑がなければ最高というのが、女の買い物に付き合わされる男の本音だ。
「だって一緒にいられるんだよ、私と」
「どこのキャバクラの姉ちゃんだ」

 夕方まで買い物をし、ソウタの疲労が限界に達する寸前でどうにかアウトレットパークを離れる頃には、同じように帰路につく車の渋滞に巻き込まれてしまい、ミチルの家の近くに着けば空はすっかり暗くなっていた。
「もう日曜に買い物に行くのはやめよう」
 運転席でハンドルに凭れ掛かるソウタは、後部座席に乗せた荷物を必死に取り出しているミチルに言う。
「今日はありがとうね。明日行ってくるから」
「ああ、がんばれよ」
「普通そこは気を付けて、とか言うんじゃないの?」
「疲れ切った俺がこのまま家まで運転する方が危ないからな」
「ははは、そうだね。ソウタも気を付けてね。私は明日ちゃんと卒業してくるから」
 別れ際にキスでもできれば、と浅はかな考えがソウタの脳裏に浮かんだが、ミチルが顔を出したのは助手席で、手すら届かない距離での別れ。
 家から少し離れたところに止めた車から、ゆっくりと離れて行くミチルがしっかりと家に入るまでを見届けてソウタは車を走らせた。

 一泊二日。
 ミチルにとっては短く、ソウタにとっては長い時間が過ぎた。

「おかえり」
 旅行から帰って来た翌日に待ち合わせをしたソウタの前に現れたミチルは笑顔でピースを見せた。
「よかった」
 それを見てソウタはミチルを出迎えるように抱きしめる。
「ちゃんと終わったよ。あの男との卒業旅行」
「これで俺たちはちゃんと付き合えるんだな。もう隠れることなく」
 うん、とソウタの胸の中で頷くミチルの声は掠れていた。
 もう彼女を縛るものは、左手の薬指からは消えている。

(了)


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このストーリーに関するコメント

17/08/08 凸山▲@感想を書きたい

拝読しました。
旅というテーマながらも、旅そのものを全く描かず、読み手の想像力に委ねて話を締めくくられた決断力に頭が下がります。祭の準備を無理矢理にでも盛り上げようとするミチルと、どこか一線を引いているソウタの様子が文章から伝わってきたように思います。

17/08/10 八王子

コメントありがとうございます。

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