くまなかさん

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性別 女性
将来の夢 自立
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幸い

17/07/21 コンテスト(テーマ):第140回 時空モノガタリ文学賞 【 育児 】 コメント:0件 くまなか 閲覧数:260

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 俊樹ももう世帯をもつ。予定になかった妊娠だったが、長く付き合って家族同士の交流があったので、幸い好意的に受け止められた。或る日、妻の美穂子が不安も顕な顔で時間をくれと言うから、俊樹は釣られて不安になりながら、忙しい仕事を早く切り上げ、向き合った。美穂子は「これ」と一枚の便箋を取り出した。宛名宛先はない。
”俊樹ちゃんへ。大きくなりましたね。ずっと見てきたお母さんはとても嬉しいです。お式を挙げると聞いて、どうして俊樹ちゃんは私に教えてくれなかったのでしょうかと首を捻っているところです”
「珠代義母さんの字じゃ、ないでしょう」
 言われてみれば確かに。俊樹の母は書道教室の先生だったので、こんな金釘のような字は書かない。あからさまに病んだ字を前にして、俊樹も戸惑う。
「貴方の浮気は疑わないけれど」美穂子はそれでもなじるような顔をした。
 もちろん、俊樹にしてみれば天地に誓ってそれはない。便箋は直接投函されているし、式の事は実家でしか報告していないから、家族から漏れたにしても、近所や同じ学校のうちだろう。お母さんと自称するほど年が離れた女が、知る事が出来ただろうか。俊樹はとりあえず母に聞いてみると便箋を回収した。美穂子は大分不満げだったけれど、腹に子がいるのだから、ストレスになるから離れなさいと言うと、素直に下がる。翌日、俊樹は父母と唸り、三日後には二通目が来た。
”美穂子さんはもう三ヶ月にもなるのね。今、百貨店で抱っこひも(?)を買いましたから、出産祝いも一緒に”
 やれ、警察だの、弁護士だのの話になった。しかし実害も無いし、相手の素性もわからずでは、この金釘の文字による、呪いのような祝福を受け続けなければいけない。俊樹は居酒屋で小学校からの付き合いである友へ結婚を打ち明け、この便箋を皆に見せた。藁にもすがる思いだった。菜々、吾郎、一郎の三人の同級生は、他人事らしく探偵ごっこに目を光らせた。
「抱っこひもがわからない、って独身だろう」
「ずっと見てきた、って事は……親戚?」
 吾郎と一郎は次々に仮説を立てたが、菜々だけ一人暗い目をして俊樹を見た。
「美穂子は、何も言わなかったの? これを貰っても?」
 俊樹はどきりとして頷いた。菜々は深くため息をついて「本当に? 覚えてない? 世理子おかあさんの事も?」俊樹をなじる。

 叢、血と汗のにおい、夕日に光る小ぶりな刃物。俊樹たちが必死で組み付いた男の記憶が一度に瞬く。

 俊樹は慌てて美穂子を呼ぶ。美穂子は心持ち目を吊り上げて居た。酒場の煙に嫌そうな顔をして「最悪、独断で呼ぶつもりでいたんだけど、やっと思い出したか」俊樹の隣に座った。一郎が「でも、よっちゃん先生はだいぶ前に行方不明になったって」恐る恐る声を出し、菜々は強く卓を叩いた。居酒屋中が一瞬、静かになった。少しざわめきが戻った時に、美穂子は烏龍茶を飲み。
「入院したんだよ。あの事件以来、ずっとこころを患ってて」
「強い人だったけれど……」
女性陣の怒りに満ちた声に、男連中は、皆、黙った。美穂子は一杯を飲み干す。
「私は絶対に子供を見せに行くからね。仲人は流石に無理だろうから」
俊樹の事も気にせず言い切った。妊娠前に酔った彼女が、一度だけ、その時の俊樹に惚れたと教えてくれた。
「それがいいよ。きっと我が子みたいにかわいがってくれるよ」
菜々が、泣きそうな顔で笑った。俊樹にしてみれば、高校の辺りで連絡が途絶えただけに、今更という気持ちもあったが、現在の幸せを育てた恩人を無下にする事も出来ずに「わかった、俺が悪かったから、一緒に行くよ」結婚報告から、見舞いの話へと切り替えた。

 赤子を見せると、世理子は薬で鈍い顔を目いっぱいに綻ばせ、涙ぐんだ。俊樹と美穂子が子供を委ねると「私、教師に戻る。きっと」涙でくすんだ瞳に、きらりと光りが戻り、俊樹も美穂子も驚いた。
「絶対ですよ。よっちゃん母さんも、この子の担任をして、育ててよ」
俊樹が嘘になってもいいから、と伝えると「良かったねえ。たあくん、お母さん増えるよ」美穂子はもう、泣きそうになっていた。


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