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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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雨。時々、ライオン。

17/07/17 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:1件 冬垣ひなた 閲覧数:282

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 その金色を湛えた眼光は、僕が動物園で描いたライオンの絵によく似ていた。
 絵の中だけでもと思い檻を外して描いたライオンは、とてもけだるげな表情で、暮らしには困らないだろうに満足そうには見えなくて、僕は次第にやるせなくなった。
「これは、ライオンじゃない……」
 気が付くと、サバンナに置き去りにした本能をみなぎらせ、牙をむき出しにした獰猛な肉食獣の顔を、僕は紙に描き出していた。
 しかし同じ美術部の友人はその主張が、いかにも君らしい偽善じゃないかと眉をしかめた。
「上っ面だけ綺麗事じゃ心に響きやしない!」と言い張る友人と喧嘩になって、一週間目のこと。
 そいつは野獣の唸り声を上げ、未知の生物に遭遇したように、濡れ鼠の僕を睨み付けていた。

   ◇

 梅雨の終わりごろ……雨の予報が70%だという日に、よりにもよって壊れた傘が僕の手の中にあった。中学からの帰り道を急いだら、土砂降りに遭う始末。踏んだり蹴ったりだ。僕は身体を濡らしたまま、閉まった店舗の軒先に逃げ込んだ。重苦しい色の空から降り注ぐ、蛇口をひねったような勢いの雨水。ザザザァーと途切れない雨音と、時折聞こえる遠雷が僕の鼓膜を打つ。
 息を切らす僕の視界に、雨がけぶり白い檻を作って、外界から遮断した。
 嵐の中でただ一人取り残され、雷光に不安を募らせたその時。


「フアァォォー! シヤャァァー!」、突然に足元で声が起こる。
 植木鉢の陰に、僕を睨むやせ細った黒猫がいた。
 首輪もしていない。野良猫なのだろう。


 黒猫の全身が濡れていなければ、きっと毛を逆立てているのが分かったろう。爪だって尖らせているに違いない。高く唸る声に合わせるように、尻尾をパタンパタンと地面に打ち付け、ひどく興奮した様子で僕を威嚇してくる。
 まるで荒れた天候が、僕のせいであるかのように。
 あるいは、自分の縄張りを脅かす天敵に出会ったかのように。
 牙を剥きだしに咆えるその姿は、さながら小さなライオンだったけれど、その怒りがこの場でただ一人、人類代表の僕に向けられたことには、戸惑うしかない。
 いや……当たり前か。
 ここは動物園じゃない。人間社会の片隅で生まれた、ごくありふれた猫に残された道はさほど多くないはずだ。生きるか、死ぬ……か。僕は、目前の幸福に微動だにしないライオンの眼差しを思う。それがかりそめのものだと知っているのだろうか。人間は、懐いたり心を開くなど、親切にした相手にも理解力をしばしば求めてくる。友人がとやかく言う偽善というものだ。
 そうできなければ、住処も持てず、こんな所で雨の中みすぼらしい格好で濡れるしかない……僕たちは今、飢えたライオンだった。
 一匹は腹を空かせて。
 一人は絵を描きあぐねて。


 僕は描きたい絵を描きたかったのに、小さい賞を取ってからというものコンクールに出す絵にも注文を付けられうんざりしていた。「君は素直になればきっと才能が伸びる」、大人のその言葉が僕には棘のように刺さり苛立った。誰もが何か見返りを求め、美談が出来上がっているような気がして。
 僕が解放したかったあのライオンは、きっと迷っている自分自身を映した姿。檻に入った、今の僕。偽善者の僕だ。


 雨はまだ止みそうにない。路上に溢れた水が、僕たちの足元にまで押し寄せ、黒猫は驚いて植木鉢の上に昇り、急に僕への興味も失せたのか、おとなしくなった。
 いや、違う。
 黒猫は死んだ鼠をくわえていた。
 ちょっと大きな鼠だ。こいつは折角仕留めた獲物を、僕に横取りされたくなかったのだ。人間社会を野性の本能で切り抜けるすべを知った猫に、僕は熱されたように焦がれる。
 今、猫を構おうとすれば、噛みつかれるだろう。
 大人は、僕たちがどんなに些細な事で喜び傷つくかを考えもしないで、野性を取り除くことに必死になる。噛みつくことは、自由のうちの一つだと、認めもしないで。


 いつの間にか雨足もゆるくなり、透明なレンズで覗いたような明るい世界が、僕たちの前に広がった。きっとお気に入りの寝床で晩御飯にありつくつもりなのだろう、黒猫は完全に雨が止む前に、鼠をくわえたまま通りへと駆け出し、姿を消した。
 僕も、思い切り雨の中に飛び出した。
 ああ、今すぐにでも描きたい。
 今日出会った小さな野性の闘志を。打ち付ける雨にも消えない、命の炎を。
 自分にしか描けない小さなライオンを。
 ただそのために、僕は白い紙に向かいたい。
 
 ……明日、僕は美術室に顔を出して、きまりの悪い顔で友人と仲直りするだろう。

 泥にまみれたずぶ濡れの僕のスニーカーが、パチャンッと空を映して光る水たまりを蹴る。
 閉じ込められた雨音よりも蝉の声が大きく響き、たちこめた夏の匂いの中、薄い虹を浮かび上がるのを僕は心待ちにした。


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このストーリーに関するコメント

17/07/18 冬垣ひなた

≪補足説明≫
・画像は「写真AC」からお借りしたものを加工しました。

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