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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。エブリスタでも活動中。ツイッター:@fuyugaki_hinata プロフィール画像:糸白澪子さま作

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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琥珀色のメモリー〜続・とある猫のお話〜

17/07/17 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:7件 冬垣ひなた 閲覧数:433

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 君はこの世に生まれてから、奇跡を何度も起こしたね。赤ちゃんの時に一人ぼっちになったときも、事故で身体の自由を失いそれを乗り越えたときも。
 雄猫だったのに子猫たちの面倒を見る君は、茶虎の明るい毛並みが自慢の、逞しいヤンチャ猫でしたね。繰り返される思い出話の中で語られるのは、君の元気だった姿ばかりです。
 君がこの世を去ってしまったのは、きっと不本意な事だったでしょう。私たちのお別れはあまりにも早すぎましたから。
 自分が消えてしまう、その一番おしまいの日に何ができるのでしょうか?人間でも難しいその質問に、君が一生懸命に考えた答えを、私はここに綴ることにします。


 予兆は、些細な出来事でした。
 君は、いつも自分で出入りしていた引き戸を、開けることが出来なくなってしまいました。
 力自慢だったのに、鳴き声一つ上げず寂しそうに引き返したあの時、君はすでに気付いていたのですね。
 自分の身体が不治の病に蝕まれていたことを。
 しばらくして連れて行かれた動物病院で、君はその宣告を受けました。
 診断の結果は「猫エイズ」。
 もう、何の治療もできません、お医者様は仰いました。
 まだまだ若い君の命が、さらさらと砂のようにこぼれ落ちながら、残り時間が見え始めているとは、とても信じられませんでした。人間の目に見える症状はありませんでしたし、「ちょっと疲れただけだよ」と言いたげな君の顔に、病気なんて嘘なんだよと私は心の中で念じました。


 けれど君の時間は残酷に終わりを告げようとしていました。

 階段が、上がれなくなりました。

 大好きなお外へ、遊びに行けなくなりました。

 廊下を歩くこともできません。

 やがて、居間のこたつ布団の上から動かなくなりました。

 徐々にやせ細っていく姿に、私たちは君の死という現実に向き合うしかありませんでした。今までどんな危機も乗り越えた君。けれど……もう私たち家族は、君が苦しまずあの世に行くことを、願うしかありません。私たちの所へ来た時から甘えん坊だった君は、じっと耐え、孤独を選ぶようになっていきました。悲しみは深い泉が湧くように尽きないのです。

 そして、ついに餌を食べなくなりました。

「もしその時が来たら……使ってください」、全ての治療を諦めたお医者様が、一つだけ処方してくれた薬に、私と父母はすべての望みを賭けました。

 すると驚いた事に、薬を飲んだ君から、病の影が遠ざかったようにまた元気に食事をとるようになりました。時計の針が戻った奇跡に、お医者様は初めて話してくれました。
「……あの薬は、ただの人間の風邪薬なんです」
 それが猫には一時的な気付けの薬になる……最初に言っても信じてもらえないので、お医者様は黙っていたのでした。


 その優しさが、君の生きる時間を伸ばしてくれたことに、どれほど感謝した事でしょうか。君がこれから行く天国のドアは少し開きました。でも希望にも似た穏やかな終末の光が心に差し込み、温かい空気が私たちを包んで、別れの悲しさを取り除いてくれるのでした。

 奇跡も終わりに近づきました。

 とうとう薬の効かなくなったその夜、今まで動かなかった君は、私の入っているお風呂場へやってきました。ずっと好きだった日課を思い出したように、ペロペロと水を飲み、私をじっと見るのです。それからまるで見守るように、珍しく両親の寝室で眠りにつきましたね。猫の言葉は分かりませんが、君がその一生をかけて私たち家族を愛してくれたことを忘れません。

 翌晩、君は初めて苦しそうな荒い息を上げました。

 皆のいる時間を選んだように、お別れのときがやってきました。君の荒い息が止み、静寂が訪れても、私たちは泣くことはこらえました。君は最後まで頑張って生き抜いたのですから、笑顔で見送ってあげなければいけないのです。
 長い、長い時間が過ぎたような気がしました。私たちが、亡骸に背を向けようとした時のことです。


「ガホォ……!」
 突然息を吹き返した君は、わずかな時間を神様に与えられたように、大きく目を開きました。君の美しい琥珀色の瞳に映る私たちは泣いていたのかもしれません。私と父母は、君が遺してゆく最後の奇跡を受け取ったことを伝えるため、君の名を何度も呼びました。

 応える声が段々小さくなってゆき、ついに永遠に消えてしまったとき、君はこの世から旅立ってしまったのです。8歳という若さでした。


 ……君の記憶は、かけがえのない宝物です。
 君が守ってくれたのでしょうか、君の可愛がった子猫たちは皆長生きで天寿を全うしました。今頃天国では毎日運動会をしている事でしょう。
 私はそんな想像をして、微笑んでしまいます。
 琥珀色の宝石のように輝いた君が、駆けっこで一等賞になる雄姿に。



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このストーリーに関するコメント

17/07/18 冬垣ひなた

この作品は、前回のテーマ「猫」で投稿した『キトンブルーの雨〜とある猫のお話〜』の続編になります。どちらの作品も、我が家で昔飼っていた茶虎のチョビのお話です。

17/07/19 沓屋南実

いつも猫が駆け回る家で育ちました。放し飼いで、死期を悟るとどこかへ行ってしまうため、死に目にあえたことはありません。
だから、今うちの中で飼っている猫がどうなるか、まだ先のこととはいえ心配に思うことがあります。
読ませていただいて、ずっと家にいても猫は自分の死期を悟って猫らしく旅立つのかもしれない、と思えました。
素敵な猫さんでしたね。

17/07/20 冬垣ひなた

沓屋南実さん、コメントありがとうございました。

昔から猫は死期を悟るとどこかへ行くと言いますね。でも猫さんたちは沓屋さんの事はきっと最後まで好きだったんだと思います。猫というものは一匹一匹全く違っていて、行動が飼い主にも分からないのですが、でも猫なりに何か考えているんだなという事を感じて頂けて良かったです。今も家に猫がいますが、大事にしたいと思います。

17/08/05 浅月庵

冬垣ひなた様

作品、拝読させていただきました。
どんな生き物でも避けて通ることのできない命の終わり。
その瞬間に猫でも人でも、最後になにを想うのか考えさせられました。

お話を読んで途中悲しい気持ちになりながらも、
ラストの文章で心が温かくなりました。
きっとチョビくんは、天国でも子猫たちと一緒に
幸せにしてるでしょうね。

素晴らしい作品でした。

17/08/05 冬垣ひなた

浅月庵さん、コメントありがとうございます。

特に病気や怪我は、一日でも治療が遅れると命にかかわる場合があります。
だから動物を飼うときは言語を使わないコミュニケーションが非常に大切で、チョビには教えられたことが本当に多かったです。大袈裟でなく人生の師匠のような気がします。
読んで心が温かくなったというそのお気持ちに、チョビも天国で喜んでいると思います。重ねて感謝します。

17/08/20 光石七

拝読しました。
懸命に生き抜いて旅立ったチョビ君の姿に、涙が止まりません……
チョビ君は生き様も最期も立派でしたね、尊敬します。
きっと天国で自由に駆け回っていることでしょう。
素晴らしい作品でした!

17/08/20 冬垣ひなた

光石七さん、コメントありがとうございます。

猫はそれぞれに個性がありますけれど、チョビは特に生きる力が強くて、とても優しい猫でした。ほぼ一生を一緒に過ごしたわけですが、ここに書き切れなかった色々な思い出もあります。いつか話を書ければと思っていたものを、こうして書き終えて、読んで頂くことが出来て良かったです。

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