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要崎紫月さん

『精神攻撃系お耽美ホラー』と銘打ち、短編を書いています

性別 女性
将来の夢
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一緒に見たかった景色

17/07/17 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 要崎紫月 閲覧数:211

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 三年生に進級する前の春休み、僕は父の勧めでアメリカ旅行に単身で行く事になった。
「リョウタ君はスゴいのね」
 学校帰り、並んで歩くヒナコちゃんが言う。
「一緒に行けたら良いのに。でも駄目ね」
「動画撮って見せてあげるよ」
「ううん、やっぱり自分の目で見たいな」
 そう言うと、子供っぽくにっこりと笑った。
 僕達は付き合っていなかった。けども、お互いの事を好ましく思っているのは間違い無い、と心の底で通じ合っていると思っていた。
 ヒナコちゃんはクラスの皆から疎まれていた。誰かが彼女の家の経済事情の悪さをなじる。そんな声が耳に入っても、顔色一つ変えず本ばかり読んでいるのも一因かもしれなかった。
 僕はそんな事、気にしていなかった。彼女は色々な事を知っていて話をすると興味深くて面白いし、そんな状況でも表情を暗くする事は無かった。それに、誰の事も決して悪く言わなかった。僕は思っていた、とても清らかな人だと。
「やっぱり、アルバイト始めようかな」
 ポツリと呟く。その声は彼女にしてはあまりにも小さくて、危うく聞き逃しそうだった。返す言葉を探していると、いつの間にか僕の家の前に着いた。
「じゃあ、また明日」
 返事を待たず、彼女は僕から離れていった。
 いつもここで別れる。彼女の家はここからもう15分程歩いたところにあるようだった。送るよ、と何度か言った事があるが全て断られた。僕はクラスの誰かの声をふと思い出し、それ以上言うのを止めた。もしかしたら、知られるのを嫌がっているのかもしれない。
「うん、また明日」
 僕は軽く手を振りながら彼女を見送った。

 僕は父の友人や知人の家に泊めてもらいながら、一週間かけてアメリカを回った。華やかな都市、雄大な景色、音や色、風を全身に受けて記憶する。
 そして、持参した双眼鏡を覗き込む。やはり何も見えない。レンズは問題無さそうだし、特別な操作も無い筈なのに、いくら覗き込んでも視界は真っ黒だった。
 旅立つ前、彼女のお母さんが僕宛に届けに来たというこの双眼鏡は、箱から出した時点で妙な違和感があった。双眼鏡にしては少し大きい気がしたし、重たかった。それでも僕は彼女の願いを叶える為、その双眼鏡を覗き込み続けた。
 帰国後、一緒に入っていたメモの通りに隣街にある大学病院へ向かった。受付で名前を告げると、受付の女性は電話で誰かを呼んだ。
 しばらくすると白衣を着た男性が僕を地下へと案内してくれた。エレベーターを降りると、窓が無いぐらいでよくある感じの病棟の風景だった。自動ドアを通り、少し奥へ進んだ先の一室の前で止まると、男性はドアをノックする。中からの返事を待って入ると、ベッドの上に女の子が横たわっていた。
「ヒナコちゃん?」
 声を掛けると女の子は上体を起こしてこちらを向いた。
「リョウタ君、お帰り。来てくれたのね」
 その声は間違い無く彼女の声だった。しかし、瞳にはぐるりと包帯が巻かれていた。ベッドから降りようとする彼女に手を貸す。
「ありがとう」
「その目、どうしたの?」
「ちょっと怪我をしてしまって手術をしたの。病気とかじゃないし、そんなに酷くないから安心して」
 彼女の口元は微笑んでいた。
「あの、これを渡しに来たんだ」
 僕は紙袋に入れたあの双眼鏡を彼女に差し出した。
「ねぇ、リョウタ君。もう一つ、私のお願い聞いてくれないかな」

 最寄りだと教えて貰ったバス停で降り、携帯電話の地図アプリを開く。彼女の自宅に印が表示されている。
 そこから更に十分程歩いた所に、小高い丘の上に建つ小さな神社があるという。家の前を通って、その神社の上からの眺めを見たいというのが、彼女の願いだった。
 歩行者用の信号が赤になる度、僕は双眼鏡を覗き込んだ。幼い頃の小さな旅を思い出して見たくなった、と彼女は続けた。
 印の場所に着くとそこには僕の想像とは違い、新しく家を建てている最中だった。この様子では彼女がかつて住んでいた家はもう無い。真新しい基礎をぼんやり眺めていると、背後から女性の話し声が聞こえてきた。
「見て見て。佐伯さん、随分と大きい家に建て替えるのねぇ。ケチだって噂だったし、きっと貯め込んでたのね」
「そう言えばこの頃、娘さんを見掛けないわね。まだ高校生でしょう?」
「……売ったのかしら、娘さん」
 その言葉に手の力が抜け、双眼鏡が滑り落ちてしまった。当たりどころが悪くボディが割れ、中からじわりと液体が漏れ出してきた。音に驚いた女性達は僕をチラリと見ると、そそくさと何処かへ行ってしまった。
 慌てて拾い上げ、割れた隙間から中を覗き込む。
 ぬらりと光る、白く丸い塊。僕は声が出なかった。
 不意に携帯電話にメッセージが着信する。
『これからもずっと、一緒に旅をしましょうね』
 間違いない。これは彼女の眼球だ。


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