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宮下 倖さん

宮下 倖です。 楽しくたくさん書いていきたいです。

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首ったけデイズ

17/07/16 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:188

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 ヨゾラはまだぼくに慣れないみたいだ。
 ちょっと前まで野良猫だったらしいから仕方ないよね。
 でも、飼い主さんから「ヨゾラ」って名前をもらうくらい真っ黒でつやつやした毛並みに、赤い首輪のぼくはすごくよく映えると思うんだ。
 だから、前足で引っ掻いたり、不服そうに唸ったりしないでほしいな。
 ヨゾラはおそろしく元気な男の子だ。まったくじっとしていない。すぐに外に出たがって窓ガラスを爪でカリカリしたり、今みたいに「にゃあにゃあ」といつまでも鳴いていたりする。
 声を聞きつけた飼い主さんが来て「仕方ないなあ」と少し笑った声で窓を開けてくれた。飛び出していくヨゾラの背中に「気をつけてね!」と心配そうな声がかかる。
 大丈夫だよ。ぼくがちゃんとついてる。
 ぼくの内側には住所と電話番号が書いてあるから、万が一迷子になっても帰ってこれる。ヨゾラがここのうちの子だってぼくがしっかり教えてあげられる。
 ヨゾラは緑の垣根をするりとくぐり、かろやかに塀に飛び乗ると一散に駆ける。いくつかの家を過ぎて唐突に足を止めたヨゾラは白壁の家の出窓をじっと見つめた。
 出窓の内側にはヨゾラとは正反対の真っ白な猫が丸くなっている。ヨゾラの視線に気づいたのか、ゆるゆると顔を上げた白猫と少しの間見つめ合った。そして足を止めたときと同じく、また唐突に走り出した。
 ねえねえヨゾラ。ぼくはきみが大好きだよ。ぼくたち、きっとどこまでも一緒だ。
 蝶を追うときも、塀の上で日向ぼっこするときも、雲が流れるのを見上げるときも、ぼくたちずっと一緒だよ。
 だから、早くぼくに慣れてよね。

  *  *  *

 窓越しに目が合った若い黒猫が身軽に去っていくと、ユキはゆっくりと顔を伏せました。
 よく陽のあたる出窓でお餅のように丸くなって、ユキはまたうとうとしだします。艶がうすれてきた白い毛の中に私は埋もれそうです。
「ユキ、また寝てるの?」
 ユキのご主人さまです。可愛らしい声の奥さまです。
「もうだいぶおばあちゃんだものね。あんまり食べなくなったし、撫でても反応うすくなっちゃったね……」
 それでもご主人さまはやさしく何度もユキを撫でてから、そっと離れていきました。
 ご主人さま大丈夫ですよ。私は知っています。
 あなたに撫でてもらうと、ユキは嬉しくて喉をごろごろ鳴らしています。でもそれは昔とちがって弱々しくて、首輪である私にしかわからないだけです。
 ユキがふいに首を上げました。私についている金色の鈴がちりんと鳴ります。またあの黒猫が来たのでしょうか。
 けれど、ユキが見つめる窓の外にはなにもありません。それともユキにはなにかが見えているのでしょうか。
 私はユキの何代目の首輪でしょう。わからないけれど、きっとユキにとって最後の首輪は私だと思うのです。
 そして、ユキの真っ白な毛並みに私の明るいオレンジはいちばん似合っていると思います。
 ねえユキ。ずっと一緒ですよ。いつまでも、いつまでもね。
 ユキがうなずくように首を振り、鈴がまたちりんとやさしい音をたてました。

  *  *  *

 こら、止まりなさいモモ! あっ、ぶつかる!
 ……ああ、ゴミ箱が倒れて中身が……こんなに散らかして!
 本当に仔猫ってパワフル。ユキとは大違いだわ。
 あーあ、やっぱり叱られた。飛んで逃げるモモに揺さぶられて、あたしはちりんちりんと声をあげた。
 あたしは白猫のユキの形見だ。
 ユキのオレンジ色の首輪についていた金色の鈴で、首輪はユキと一緒に空に行ってしまったけれど、あたしだけが外されて残ることになった。
 そうして新しく迎えられた仔猫のモモの首輪につけられているというわけだ。
 ユキと一緒にいたころは、あたしはあまり声を出さなかった。ユキの動きがゆっくりだったからだ。囁くように、呟くように「ちりん」というくらいだった。
 それが今はどうだろう。モモはむやみに走り、急転回し、ものを飛び越え、あるときはぶつかり転がる。あたしは毎日声が嗄れるくらい大忙しだ。
 よく食べ、よく眠り、全力で遊ぶモモはなんてきらきらしているんだろう。
 叱られるのも楽しいとでもいうように、ゴムボールのように跳ねていたモモが出窓に飛びのって動きを止めた。ガラスの向こうをじっと見ている。
 外のブロック塀の上に黒猫がいた。ユキがいたころも見かけていた気がする。
 黒猫はモモとしばらく目を合わせていたけれど、ふいっと背中を向けて駆けていってしまった。
 モモは少しきょろきょろしてから出窓にくるんと丸くなった。
 ああ、ここはユキのお気に入りの場所だった。あたしも大好きな場所だ。
 モモも気に入ってくれるといいなあと思う。


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