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小峰綾子さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 笑う門には福来る

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猫の部屋へ

17/07/16 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:1件 小峰綾子 閲覧数:405

時空モノガタリからの選評

文学的な雰囲気のある作品ですね。時々姿を隠す猫の習性と、妻の行動とが重なり、彼女の心の中があぶり出されるようです。誰でも孤独な部分を抱えているわけで、精神衛生上、(心の中であれ実際の場所であれ)自分だけの居場所を持っているべきなのかもしれないですね。彼女はその時強く「猫の部屋」を必要としていたのでしょう。でもミケコのおかげで彼女がそこに行ったきりにはならず、よかったと思います。やはりそれは皆にとって不幸ですから。時々行方不明になりながらのんびりと暮らすミケコと同様、彼ら夫婦もほどよい距離感を保ちながら愛情を持って暮らす様子が伝わり、こういう夫婦関係は素敵だなと感じました。サラリとした読後感が心地がよかったです。

時空モノガタリK

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三毛猫のメスだからミケコ、という安易な名前を付けられたうちの飼い猫は時々室内で行方不明になる。マンション5階の部屋から外に出さないようにしているのでどこかにはいるはずなのだが、ベットの下、テレビの裏など猫が入り込みそうな場所を一通り覗いてみてもどこにもいない。まあ、1時間もすればひょこっとまた現れるのでとくに心配もしていないのだが。
妻はそのプチ行方不明を「猫の部屋に行っちゃった」という。妻曰く、各家庭の飼い猫や地域猫が集まってごろごろしたりおしゃべりしたりする部屋、だそうだ。ミケコは僕たちが見ていない隙にこっそり猫の部屋に遊びに行き、満足するとうちに戻ってくるのだという。
くだらない妄想ではあるけれども想像すると可愛く、楽しそうだ。ミケコは集まってくる猫たちと仲良くしているのだろうか。ミケコがうちに来て2年。週に1〜2回ほど猫の部屋に行ったりしつつも我が家にすっかりなじんで平和に過ごしていたある日。
妻が帰ってこなくなった。
仕事の後、友人と久々に集まって飲むから遅くなると言って出て行ったのは金曜日だった。いつも適当なタイミングで必ず連絡をしてくれるのだが、一向に連絡がこない。0時を回っても、終電が最寄り駅につくはずの時間になっても。

飲みすぎて潰れているのかもしれないし、携帯の電池がなくなったのかもしれない。どこかに泊まることになったのかもしれない。とりあえず今日のところは寝ることにした。ミケコは妻がいないことは特に気にする様子もなく僕の足元で丸くなって寝ていた。そろそろおかしいと思い始めた次の日の午前9時、妻からラインが入った

「ごめんなさい。今日も帰れないです」
ただそれだけ。
「どうしたの?帰ってこれない理由が、なんなのか教えてほしい。」と聞くと
「私は無事です。後で話せる状態になったら話します。ごめんなさい」

それ以降メッセージはなく、電話にも出なかった。
妻は僕の知る限り隠し事ができるような性格ではない。無事だというからには無事なのだろうと思う。じゃあ何があったのか。
何をしても手につかないので、テレビを見て過ごすが、内容は全く頭に入ってこない。ミケコは相変わらず主に寝て過ごし、時々水を飲んだりご飯を食べたり僕の膝に乗ってきて喉をならしたりしているが、そろそろ妻がいないことに気が付き始めているのだろう。時々部屋の中を見回したり、寝室に行ってにゃーと鳴いたりしている。
ミケコ、あいつはどこに行ってしまったのだろう。

その日は普通に眠ることなんかできそうにないので夕飯時からビールを飲んでいた。一人で飲むことなんてめったにないのだが。いい加減眠くなってベットに潜り込もうとしたときに、そういえばさっきからミケコがいないなあと思った。まぁ、でもまた猫の部屋だろう。

妻も猫も出ていってしまって独りぼっちだ。そう思うと同時に寝落ちしていた。

明け方5時ごろ目が覚めるとミケコが枕元に寝ていて、鼻先に背中の毛が当たってくすぐったかった。
シャワーを浴び、また布団に入ろうとしたところで玄関が開いた。
ミケコが飛び起きて走っていく。僕も続いて玄関に行くと、妻が立っていた。妻は、ミケコを抱きしめて「ごめんね、ごめんね」と言って泣いていた

次の週の土曜日、うちの近くのカフェでコーヒーを飲んでいると妻がようやく、先週のことに関して口を開いた。この一週間、何事もなかったかのように過ごし、あの時のことに触れることはなかったのだが。
「あの日夢を見てね。」
「夢?」
「自分の姿が見えないからはっきりわからないんだけど、たぶん私、猫になってたんだよね。目の前にドアがあって、入ったら、ふかふかの白い絨毯がしかれた部屋で。猫がたくさんいてね。」
僕はただ黙って聞いていた。
「一匹、ほかの猫を押しのけて前に出てきた子がいたんだよね。」
なんとなく妻が何を言うのか分かっていた。そう、僕は妻が帰ってきた理由を心のどこかで知っていたのだ。
「あれはそう、ミケコだった。ミケコはくるっと向きを変えて部屋の反対側の扉のほうに歩いて行ったの。待って、ミケコ、って呼ぼうと思ったけど、声にならなくて。ここで置いていかれたらミケコに2度と会えなくなる、そう思って、追いかけて。そのあとで目が覚めたの」
妻の目には涙がたまっていたけど、僕は見て見ぬふりをした。

妻にあの時本当は何があったのか。その後も結局聞くことはなかった。いいのだ、別に。結局はうちに戻ってきてくれた、そのことを大事にしたいと思った。たぶん、ミケコが妻を呼び戻してくれた。それだけで、充分じゃないか。
今日も僕たちは何事もなかったかのように平和に暮らしている。ミケコも基本的にはうちでゴロゴロしながら、時々行方不明になってまた戻ってきてを繰り返しながら、のんびりと生きている。


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このストーリーに関するコメント

17/08/15 光石七

入賞おめでとうございます!
遅ればせながら拝読しました。
猫のプチ行方不明、ありますね。「猫の部屋」という発想が素敵だなと思いました。
本当は何があったのか、決して妻を問いたださない主人公の優しさと、続いていくミケコと夫婦の平和な日常。読後感も良かったです。
素敵なお話をありがとうございます!

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