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ケイジロウさん

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ねこの宿命(2)

17/07/12 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 ケイジロウ 閲覧数:397

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「ニャー?」
「あっ、これか?これは求人広告ってやつだ」
 ブルーの作業着姿のおじさんが発泡酒を開けながら言った。
「発泡酒の値段は上がったけど、時給は上がりません、まいっちゃうよなあ」
 おじさんはグビグビと発泡酒を喉に流し込んだ。僕は求人広告の上に載ったさきイカを一切れかじった。
「気になるか?どれ、一つネコ語に訳してやろう」
 おじさんは僕のお皿からさきイカをどかした。
「あ、これなんて面白いな。『30代から50代の犬 雄雌問わず活躍中 未経験者大歓迎(但し、犬のみ) 猫の方は首輪経験者のみ応相談 フリスビーをキャッチできる犬積極採用中』」
 煙草をくわえたおじさんの口の隙間から白い煙がフフフと漏れた。
「ニャー?」
「結局だな、犬しか要らないんだよ。イエスマンしか、ね」
 リリリンリリリンリリリン
 おじさんは酔った手つきで折り畳み式ケータイを開いた。
「げっ!マツヤマだ!くそ上長のマツヤマだ!ちくしょめ!」
 ピッ
「あ、もしもし……あ、はい、はい、はい、そうです…、」
 おじさんがかぶってる野球帽のてっぺんから、妖精のような声が漏れだした。だらしなく開かれていた両ひざがきれいに揃っている。
「あ、明日ですか?あ、一応休みになって…、あ、はい、はい、あ、大丈夫です、はい。どうせ暇ですし、はい。ビール代も稼がんといけませんから、ハッハッハッ、あ、はい、わかりました、あ、はい。失礼しま……」
 ピッ
 通話は終わっているのにも関わらず、おじさんは頭を何度も下げながら、シッポを何度も振りながら、ケータイをそーと閉じた。
「はー」
 おじさんは慌てて新たな煙草に火をつけた。
 ぬるくなりだした発泡酒を流し込む。
「アイツはな、正社員ってやつなんだ。エライんだぞ。それに大卒ときてらぁ」
 僕はおじさんと視線が合わぬよう川の流れに意識を集中した。
「イエスマンにはかわりねぇんだが、眉間にしわを寄せる技術を持ってるんだ。眉間にしわを寄せて『イエス』と言えば、なんとなく『エライ』ということなんだよな」
 入道雲の隙間から漏れる西日が、おじさんの丸くなった背中をオレンジ色に染めていた。生ぬるい風がおじさんの口から漏れる煙で小さな竜巻を作っていた。
 おじさんは毎日ここに猫をかぶりに来ているのだろうか。それとも犬を脱ぎに来ているのだろうか。僕にとっては同じことのように思えるが、おじさんにとっては大きな違いなのかもしれない。しかし、それも所詮小さな小さなプライドの問題だと思うのである。
「ニャー」
「お、そうかそうか、悪かったな、さきイカだな」
 おじさんはさきイカを求犬広告の上にもどした。そして、2本目の発泡酒を開けた。
 その時だ。
 獣の匂いが僕の鼻を突いた。しかし、僕たちの前に立っていたのは人間であった。
「すみません」
 乞食と呼ばれている人だ。頭をペコペコ下げている。
「あの、煙草一本めぐんでくれんでしょうか」
 おじさんは乞食を見つめた。乞食は下を向いていた。
「全く、しょうがねぇやろーだ」
 おじさんは煙草を4,5本取り出すと、乞食の目の前に突き出した。
「申し訳ないです」
 乞食は頭をペコペコ下げながら煙草を受け取ると逃げるようにその場を去ろうとした。
「おい、これも持ってけ。ちょっとぬるくなっちまったが、勘弁な」
 おじさんは3本目の発泡酒を乞食に向けた。乞食の黒い顔の中で、目玉がギョロっと反応した。
 乞食は頭をペコペコ下げながら、両手で発泡酒を受け取った。
「おい、ちゃんと野菜喰ってんのか?そこら辺で暇人が野菜作ってんだろ。それでも喰え。どうせ奴らは趣味でやってんだから」
 乞食は頭をペコペコ下げながらどこかへ消えた。
「プレミアムフライデー用の発泡酒、くれてしまった、ハッハッハッ。オレには不要になっちまったしな」
 僕にとって自由とはなんなのだろうか。あの乞食にとって自由とはなんなのだろうか。
 おじさんの火照った頬を流れる一筋の汗を見ていると、そんなちっぽけな、強引につかみ取った自由なんて、意外と、犬を嫌々演じている人たちに支えられているような気がするのであった。


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