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クナリさん

小説が出版されることになりました。 『黒手毬珈琲館に灯はともる 〜優しい雨と、オレンジ・カプチーノ〜』 マイナビ出版ファン文庫より、平成28年5月20日発売です(表紙:六七質 様)。 http://www.amazon.co.jp/dp/4839958211

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将来の夢 絵本作家
座右の銘 明日の自分がきっとがんばる。

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透明すぎて何もつかめないほど好きになることがあるかい

17/07/08 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:2件 クナリ 閲覧数:358

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 彼女は、気がつくと、知らない小屋の中にいた。
 手の中には不思議な形の錠前がある。
 それを置いて、彼女はふらふらと外へ出た。目の前に、レンガ造りのベーカリーがあった。
 記憶がひどく曖昧で、彼女が覚えていることは少ない。しかし、自分は確かベーカリーで働きたがっていた気がする。
 彼女は戸を叩いた。人の良さそうな夫婦が、不思議な顔をしながら、見覚えのない十代後半と思しき少女をひとまず店の中へ招き入れた。



 大陸横断列車は、冬のヨーロッパに差し掛かった。
 先頭車両の座席に、同級生の少女が二人座っている。既に制服は脱いで、質素なコートを羽織っていた。
 髪の短い方が、ロングヘアの少女に話しかけた。
「フィフルニ、知ってる? ドイツって、昔はひとつだったんだって」
「アズサ、そのもっと前は東西に分かれていたのよ」
「やっぱり、魔術師と人間とで分裂したの?」
「いえ、人間同士で」
「何それ、意味なくない?」
 アズサは、フィフルニの長い毛先を指で弄びながら首をかしげた。
「それを言ったら、私たちがこの列車で人間領のドイツに亡命しようとしているのだって意味不明よ」
「魔術師でも、人間と暮らしていけるかな。そういえば、アジアの南地域じゃ差別や格差がほとんどないらしいよ。楽園みたい」
「向こうも多分、ヨーロッパを同じように言ってるわよ」
 この車両には、二人の他に乗客はいない。一級魔術師候補生の特権で借りきってある。
「アズサは課外授業で何度もドイツへ行ってるのよね。検閲は、幻惑魔術で乗りきれるかしら」
「フィフは人間領に行ったら何がしたいの?」
「ベーカリーか本屋で働きたいわ。どちらも、人間が平和に生きるのに必要な場所だもの。アズサは?」
「私は、魔術師領では同性結婚できないからってだけだよ」
「……ばか」
 二人きりの空間は、そこまでで終わった。車両の後方のドアが開き、黒いコートの集団が五人ほど入ってきた。
「追っ手だ。さっきの駅、停車が長い気がしたんだよねー」
「倒しましょう」
 二人が立ち上がる。
「二人とも、学生脱走の現行犯だ。手をコートから抜くな」
 構わずに、アズサが右手を抜いた。しかしその手は、フィフルニに向けられている。
「転移よ」
 長髪の影が、かき消えた。

 次の瞬間、フィフルニは見知らぬ小屋の中に現れていた。
「ここ、どこ? アズサ!?  一体……」
 目の前に、魔術儀式で使用する転移ゲートがあった。両手で持てる程度の木組みで、特定の条件を満たせば、一方通行ながらこれを設置した場所へ長距離転移が可能になる。以前アズサが設置したものだろうか。だとすれば、ここは……
 木組みの横に手紙があった。
『ここはデュッセルドルフというドイツの田舎町です。二人では逃げ切れないと思って、前々からフィフだけでも逃がそうと思っていました。あなたなら、人間の町でもすぐに人々に必要にされる存在になれる。私にとってそうだったように』
 読みながら、フィフルニは激昂した。だが文章はまだ続く。
『これが読まれているのは、私の計算通りなら、私たちの短い逃避行の終わりのはずです。でももし戻ってきてくれるなら(私はそれを望まないけど)、横にある錠前の鍵を開けてください。転移装置になっていて、私の下へ飛べます』
「戻らない訳が……!」
 フィフルニは、ためらいなく木組みの横にある錠前をつかんだ。
 しかしそれに施されていたのは、忘却の魔術だった。
 何の防御も用意していなかったフィフルニは、一瞬で記憶の大部分を失った。
 気がつけば、知らない小屋の中で、不思議な錠前が手の中にある、……

「フィフの跡は追えないように、何重もの魔術をかけてある。一級魔術師候補の術をあんたたちが破れるなら、やってみな」
「美しい友情だがね。我々は少なくとも、君を殺すことはできる。それは構わないのか?」
「美しい? 冗談じゃない、私はこの命がけの旅の途中、ずっとフィフにキスしたいってことだけ考えてたよ」
 五人と一人が間合いを詰めた。
「当代最高格の魔女の一人は徒死し、一人は人間として生きるというのか」
「フィフはね、超事象の扉を開けるより、パンが焼きたかったんだよ」
 黒コートの先頭は、諦めたように右手を掲げた。
「……お前たち、列車の中だ。大規模の破壊術は使うなよ。麻痺術にしろ」
 部下にそう言う黒コートの言葉を聞いて、アズサは哄笑をあげた。
「生きたがりの常識で計るな! どうせこの列車にはもう、私らしか乗ってないんだろ!? これで私たちの足跡は永遠に消える!」
「何を――」
「火球よ」

 凄まじい爆音と共に、六人の人影は引きちぎれながら宙に舞った。

 その中の一人が、ほんのつかの間のささやかな旅路を、その死の瞬間まで、何度も何度も反芻していた。


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このストーリーに関するコメント

17/08/10 トツナン

拝読しました。
ド王道の魔法世界とフィフルニとアズサのキャラクター性に惹かれました。目的があってこその旅ですね……パン焼きとキスは心くすぐられますね。
アズサを失ったフィフルニはどう生きていくのでしょう。『必要とされる存在』として美味しいパンを焼く、満ち足りた日々を過ごすのでしょうか。悲しいことですが、わたしにはそう思えません。もしかしたら、大陸横断列車の爆破は魔術の痕跡を消されて、人間領の仕業として処理されるかもしれず、そうすれば、二つの領の衝突は避けようもないでしょう。アズサは悲劇のヒロインとしてまつりあげられ、戦意高揚の旗印になるやもしれません……

17/08/10 トツナン

……あるいは、既に彼女は超事象の扉を開けていて、命がけの旅の思い出や、もっと言えば自身の死すらなかったことにする力を得ているのかも……忘却の魔術がその一端だとすれば、まさに最高格の魔女といえるでしょうね。そして、同格のフィフルニもその可能性を秘めているとわかれば、事実を知っている黒コート集団はフィフルニを捜索するでしょう。記憶のないフィフルニはきっと平穏を脅かす魔術師を一時的には恨むでしょうが、己の力にも気づき、葛藤するのでしょう。そんなフィフルニが、死んだはずのアズサに再会し、彼女の変容に愕然としながらも、そうまでして達することを願った旅の結末を向かえたとき、本当の意味で二人の短い逃避行は終着するのかもしれません。見たいような、野暮なような、複雑な気持ちです。長々と失礼しました。

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