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ちりぬるをさん

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旅の最後、あるいは最後の旅

17/07/08 コンテスト(テーマ):第139回 時空モノガタリ文学賞 【 旅 】 コメント:0件 ちりぬるを 閲覧数:239

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 目を覚ますと運転する彼越しに見える風景が見慣れたものに変わっていて、私は昔聞いた「家に帰るまでが遠足です」という常套句を思い出した。
「起きた?」
 私が起きることをあらかじめ知っていたかのようなタイミングで彼が尋ね、寝起きの私は黙って頷いた。
 同棲して二年になる彼が突然有休を取って旅行に行こうと言い出した時には驚いたが、三泊の温泉で日頃の疲れは癒されたのだから彼には感謝しかない。
「あのさ、俺言わなきゃいけないことがあるんだ」
 赤信号で停車したにも関わらず彼は前を向いたまま言った。いつもふざけてばかりいる彼にしては深刻な声色だったので「なに? 嫌な話?」と私は眉をひそめた。
「正直君の直接関係があるのかどうか分からないんだけど、そして多分信じないだろうけど……」
 そこまで話したところで信号が変わり、彼は焦らすようにアクセルを踏んだ。「で?」
「で、俺実はこの一週間を何回も繰り返してるんだ」
「ふーん」
「え、反応薄くない?」
「だって、別れようとか言われると思ったから」
 そう言う私を彼は笑っていたが、それはどこか寂しそうに見えた。ステレオからは私と彼が出会うきっかけになったバンドの最新曲が流れていた。
「ねえ、本当なの?」私が尋ね、彼が頷く。
「こないだ観た映画みたいな?」
 うーん、と彼は考えて、「多分さ、今これが千回目くらいなんだ」と全然違う答えを返してきた。
「五百回目くらいまでは数えてたんだけど、その後はもう面倒臭くなってやめた。千回くらい君と色々な所へ行って色々な話をした。だからその前のことは実はあんまり覚えてないんだ」
「色んな所って?」
「国内の観光地はだいたい行ったし、海外にも結構行ったよ。この現象をポジティブにとらえていた時期があって、行ける所は全部行ってやろうと思ってたんだ」
「えーなんかズルいなぁ。私も海外行きたいよ」
「どこに行っても君は楽しそうだったよ」
 彼は私の知らない私との旅の思い出を語り出した。それはどれも、確かに私ならそうするだろうな、そう言うだろうな、と思わせるものでありながら自分自身の体験に嫉妬するという何とも不思議な感覚だった。
 いたたまれなくなった私は赤く染まっていく西の空を見ながら「なにか食べて帰る?」と提案してみた。もうすぐ私達の行きつけの店の前を通る。
「いや、実はあんまり時間がないんだ」彼は気まずそうに呟いた。
「日没までなんだ。それで一週間前に戻る」
「え? 繰り返しって本当だったの?」
「え? 信じてなかったの?」
「普通信じないよ私はどうなるの? 一緒に戻ったりしないの?」
「ごめん、そのパターンは今まで一回もない」
 車がマンションの駐車場に入り、ギアをパーキングに入れた彼が小さく溜め息をついた。座席に身を預け、じっと見つめる私と目が合った。
 もし彼の言っていることが本当なら、一週間を千回繰り返しているのなら、二十年近くも私と旅行をし続けていることのなる。一体それはどんな心境なのだろうか? にわかには想像し難かった。
「次はどこに旅行に行くの?」
 まだ半信半疑だったが、彼の話に乗るように尋ねた。
「もうやめようと思うんだ」
 そう言い捨てて車を降りる彼は諦観したような表情を浮かべていた。私は慌てて外へ出ると彼を追ってトランクへ回った。三泊分の荷物の入ったスーツケースを彼から受け取る時に「なんで?」とようやく聞くことができた。
「色々考えたんだけど、ちゃんとこのループを抜ける方法を探そうと思って。もう行きたい所はあらかた行ったし」
「私はまだ温泉しか行けてないよ。もっと一緒に色んな所に行きたいよ」
「ごめんな」彼は謝って私の頭を撫でた。
「君がこの先どうなるのかは本当に分からないんだ」
 周りが薄暗くなってきて、彼は急いでスーツケースを走らせる。
「帰ってお茶する時間あるかな?」
 エレベーターの中で家の鍵を用意しながら「どうだろう?」と彼が渋い顔で言う。
 四階で止まり扉が開くと、生温い風が吹いた気がした。

 明日からはまた仕事か、溜め息をつきながら部屋の前でショルダーバッグから鍵を取り出す。一人暮らしには少し広すぎる、真っ暗な部屋に私の「ただいまー」という声が響いた。


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