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むねすけさん

ブログで創作をやっていましたが、誰にも相手にしてもらえないため、こちらに辿り着きました。 面白い物語、少しほっとしてもらえるようなお話を書きたいと思っています。

性別 男性
将来の夢 作家になりたいですが、 それが無理でも、何かの原案家とか、 自分の考えた物語が世に出ること。
座右の銘 我思う、故に我在り。

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海で死んだ弟のために

17/07/03 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 むねすけ 閲覧数:250

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 弟は海で死んだと、姉の遼子は思っている。母も父も、当人のスグルも目を伏せてしまっているけど。死んだ人間をもう一度甦らせるには、死んだ地点に落として来た魂を拾う必要がある。
 遼子がトライアスロンを始めたのは、弟が海で死んでしまってすぐのこと。あの日から、自分一人、家族の外へ追いだされたから。遼子はひとつの決心を、腕の日焼けナンバーと一緒に飲み下す。大会で十位以内に入れる選手になったら、私はスグルの魂、家族全員に嫌がられてでも拾いに行くからな。いや、スグルに拾わせてみせるからな。
 スグル。姉ちゃん、諦めへんから。空も海も、めっちゃ青いんだぜぇ。

 姉の運転する四駆の車体が、これから起こる魂回収劇の壮絶を予見して、エンジンだけでなく全体で小刻みに震えていることに、姉の遼子は骨盤底筋で感じとっていた。もう六年乗ってるもんなぁ。心通じとんやな。可愛い子。見とってな、私のこと。と、遼子は心で愛車に語りかける。
「あれ」
 スグルは異常なることに過敏だ。自分の想像による未来の下絵と、異なる現実に敏感だ。
「IKEA行くんちゃうのん。道ちゃうで」
 遼子はワークキャップに縫いつけたストーンズのベロロゴパッチを右手中指で撫でてから、言う。
「騙してごめんな、IKEAへは行かへんねん」
 スグルは震える手を姉に見られないように腿の下に隠した。
「じゃぁ、何処行くつもりや?」
「海」
 遼子は先月行われた国内のトライアスロン大会で八位になった。これは必然であると、遼子は確信に至ったのだ。スグルの落っことして来た魂、私とスグルの二人で、回収できるはず。今日も快晴、空も、海も、めっちゃ青いで。スグル、あの日あんたは海で殺されたんや。高校の同級生らに。修学旅行先で。
「姉ちゃん」
「まぁ、なんも言いな」
「姉ちゃん。堪忍してくれや」
「でけへんな」
「僕、無理や」
「そのセリフは、死んでもたあんたの口から出る言葉や」
「僕、生きとるけど」
「いやぁ、どうかな」

 強引に姉に車から引きずり降ろされるスグル。よれたボーダーのポロシャツがメリメリ音をたてても、遼子は力を弱めない。
 協力者は遼子の声かけで、地元の高校生男子たち。遼子によって、なるべくガラの悪そうな子ばかり六人。
「ちょっと、ちょっと待ってや」
「もう、七年も待ちましたぁ」
 スグルの肉体が海に沈められる。高校生の手により、もがく手足を、肢体を、何度も何度も海の底へと沈められる。スグルは飽和を振り切った恐怖感に、意識を半分失っていた。

 修学旅行のあの日の夜、スグルは幼馴染の竹井に誘われて宿舎を抜け出し、夜のビーチへ向かった。そこでスグルを待っていたのは、ラグビー部所属の不良たち、六人。
「てめぇ、三組の岩本さんにちょっかい出したろ?」
 スグルには身に覚えのないことだった。岩本さんにちょっかいを出したのは、竹井だったのだから。スグルは命の危険を感じて謝った。自分でも情けなさに震えが来たけれど、「もうしません」「殺さないで」と、夜の海の底から嘆きのあぶくを吐き出し続けた。
 暴走した暴力のオーバードースの犠牲になったスグルは、救急車で集中治療室に搬送され、命はとりとめたのだが……。

「やめてください」
「姉ちゃん、姉ちゃん!! ほんまに、死ぬ!!」
 これでもし、スグルが死ぬよなことあったらなぁ、姉ちゃんも一緒に死んだるからな。弟。私は姉ちゃんや。夜の暗い海から、あんたのこと、青い空の下の青い海に、連れて戻したるからな。
「スグル!! 生きたいってゆーてみー。やめろって叫んで、自分を殺そうとするやつ、殺してまえ!! 目ん玉に指突っ込んでまえ!! ガタガタ言わしたれ!!」
 そんなん。そんなん、僕いやや。スグルの半分の意識が叫ぶ。遼子の思いは正しいが間違っている。スグルにはまだ魂があった。
 僕は、弱い人間やけどなー。弱いまんまじゃあかんのか? あかんことないって、僕が証明するんじゃ。テレビの成功者みたいに、元いじめられっ子ちゃう、一生現役のいじめられっ子。人類、いや、生きもんの中で最弱。それでも、そのままで僕、人生勝ってみせたるんや。弱いまんまで、アイツらに勝たんと、僕嫌やねん。

 最後まで、スグルは暴力にされるがままだった。
 遼子は心肺蘇生と人工呼吸を施す。
「やれやれ、我が弟ながら、頑固なやっちゃ」
「僕、弱いまんまで、勝ちたいねん」
 遼子は自分のワークキャップを握りつぶして言う。
「今日のところは姉ちゃんの負けやわ」
 青い空と青い海がスグルの吐しゃ物を煌めかせて停止する。
「またやる気か、鬼姉ちゃん」
 スグルと遼子は停止したビーチでふたり、体を抱き合って泣く。
「戻ってこいや、スグル」 
「いややねん、ごめん、姉ちゃん。それから、ファーストキス返せや」


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