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沓屋南実さん

音楽、表社会系、詩、エッセイなど書いております。 よろしく、お願いします。

性別 女性
将来の夢 小説家。 音楽を聴きながら、一日中本を読んで、小説を書く生活。 行きつけの音楽カフェで、皆とおしゃべりすること。
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ハンデルとヘンデル

17/07/03 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 沓屋南実 閲覧数:223

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 イギリス・ハノーファー王ジョージゲオルグ2世のための豪奢な帆船は、順風に守られるように海路を進んでいく。船のデッキの長椅子に座る私は、ぼんやりと海を眺めていた。夏空の向こうの大陸は、まだずっと先らしい。
 イギリスにいるときは、ジョージ・フレデリック・ハンデルと称している。海の上に国境線はない。どこかでゲオルグ・フリードリヒ・ヘンデルに戻るのだろうけど、どこだろう? 愚にもつかぬことを孫を持つような年になって考えるとは滑稽だが、頭のなかをグルグル巡るしかない問いなのだ。
 誰もが私をイギリスが好きでドイツを捨てた人間、と思っている。先王のジョージ1世のお望みだったのだから、それで良い。
 
 先王の息子であるジョージ2世が、側近を引き連れてこちらに歩いてくる。私は立ち上がって、頭を垂れた。
「楽にせよ。ハンデルかヘンデルどっちで呼ぶべきか?」
 ジョージ2世陛下は気分上々の様子で言った。
「ドイツに向かっておるのでヘンデルで良いな。ところで、先日のそなたの『メサイア』は実に見事であった」
「身に余るお言葉、感謝します。『ハレルヤ』で陛下がご起立して讃えてくださったことは、一生忘れません」
 陛下は、美しい装飾を施した大きな椅子を二つもってこさせた。海に向かって、並んで座った。
「実は少しばかり、話したいことがあってな」
 ジョージ2世は、私より2つ年上。先王の頃からもちろん知っており、即位の折りは「戴冠式アンセム」を捧げ、私自身が指揮をした。懐かしい思い出だ。
「実はな、先ごろ父の封印文書を読んでいたら、そなたのことが書かれていた」
「左様でございますか。何かお褒めの言葉でもありましたか」
 中身を気にしつつも平静を保って言った。
「ドイツの至宝とな、鼻が高かったとあったぞ」
「それは嬉しい限りでございます」
「むしろ当然のことだろう。驚いたのは、そなたがイギリスへ行った理由だ」
 まさか、あのことを先王が書き残されたのだろうか。
「そなたは、ハノーファーの楽長職をほっぽりだしてイギリスに行ったことになっているが、父の差し金だったのだな。すっかり騙されたわ」
 私は目をしばたたいた。先王は息子に何も伝えていなかったらしい。
「敵を騙すなら、味方からと言われまして。言いつけとはいえ、黙っていて申し訳ありません」
「いや、父はまったく余を信用していなかったから、仕方がない」
 しばらく、陛下は黙って何か考えているようだった。
「ドイツの小国にすぎない王がイギリスに君臨するなど、父はイギリス人は正気かと言っていたな。だから相当に警戒していたが、そうか、それで何か国語を操り、人当たりもよいそなたに白羽の矢がたったわけだ」
「音楽家としてではなく、スパイの才能を見込まれたのですよ、なんともはや」
 私は、自虐的に笑った。
「父に音楽は、豚に真珠だ。音楽家は不器用な人間が多いと聞くが、そなたは違うな」
「音楽家家系でなかったため、チャンスとみるや何でもしてきましたから」
「ふむ。それから、父が即位することとなって、主君に不義理をしたヘンデルはどんな目に遭うのか、ロンドンは噂でもちきりだった」
「先王の策略の一部でしょう。私は『水上の音楽』の作曲に打ち込んでおりました」
「父が寛大に許す筋書きを知っておったのか?」
「いえいえ、私などただの駒みたいなもので、言われるままでございます」
 ジョージ1世の側近には、たくさん知恵者がいた。多くの戦で勝てたのは、人に恵まれていたからだ。もちろん外交も同様である。
「親父ときたら、『水上の音楽』の献呈でそなたを許したことを、うまく宣伝に使ったんだな。カバとキリンみたいな二人の愛人を連れ歩くドイツの田舎出身の王のイメージは、俄然良くなった……」
 酷い言いようだが、この父と息子が互いに嫌い抜いていたことを知る私には驚くにあたらない。どっちの味方になるわけにもいかず、とにかくこういう話のときは黙っていた。先王が亡くなって以降も変わらず。
「悪評紛々だったのが一夜にして、ドイツに背を向けた金の亡者ヘンデルをとがめない、寛大な王となったわけだ」
「金の亡者……それは心外でありますが、悪役を引き受けて先王の評判が良くなったことを誇りにさえ思っておりますよ」
「『父が許した』としても、ドイツ楽壇には受け入れられなかったか」
「イギリスで成功したことで、ドイツにそれだけの魅力ある職はなかなか見つからなかった、というほうが現実に近いでしょう。住めば都とは本当です。こうなる運命だったのです。後悔はしておりません」
 ジョージ2世は父王を悪者にしたいらしいが、イギリスで成功を収める道筋をつけてもらったと思えばありがたいばかりである。私は、無類のハッピーエンド好きだから、これで良いのだ。


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