1. トップページ
  2. 海へ還さない骨

そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

投稿済みの作品

0

海へ還さない骨

17/07/03 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:208

この作品を評価する

 動物の骨を原料とした膠(にかわ)を小鍋に入れ、電源を入れた小さな電熱器の上に置く。弱火で煮溶かしてゆくと、独特の匂いがアトリエに満ちる。決していい匂いではない。食欲をそそる匂いでもない。そう、どちらかといえば、眉をひそめるタイプの独特の刺激臭だ。骨となった動物、おそらく牛か豚といったところだろうが、一度死んで蘇る、そんな風にもとれるこの匂いが私は嫌いではない。
 陶器製の白いすり鉢の中で珊瑚の顔料を丁寧にすりつぶす。顔料は水に溶けない。そこで膠が接着剤となり、絵の具になるのだ。とろりと液体状になった膠を木べらで数滴すり鉢の中にすくい落とす。右手の人差し指の腹で顔料と混ぜ合わせ、水でちょうどいい粘度に薄めていく。これが先生が今日描く日本画のための岩絵の具になる。
 先生のアトリエでこの作業を続けて何年になるだろう。先生の奥様が交通事故で亡くなられてからだから、もう四十年か。
 当時私は美術大学で日本画を専攻している学生だった。先生は日本画の講師。まだ三十代半ばの先生は、墨で塗ったような黒い髪をしていた。今のように有名ではなかったが、従来の日本画には珍しい抽象画を描いていた。
 そんな中の奥様の突然の訃報だった。奥様の葬儀は、先生一人で見送ったという。しばらくして先生は大学を辞めた。
 一か月ほど悩んだ末、私は先生の家を訪ねた。
「先生、こんにちは」もう先生ではなかったが、先生という呼び名以外の呼び方を私は持たなかった。私を先生は最初誰だか分からない様子だった。名前を告げて「ああ」と云い、やっと思い出してくれたようだった。が、それは「ふり」で本当は私の事などきれいさっぱり忘れていたのではないか。印象の薄い子。いてもいなくてもどうでもいい子。誰からも必要にされない子。小さい頃から何度そんな風に云われたか知れない。慣れていたはずだったのに、先生もそうなのかと思ったら、かさぶたをはがしたような痛みがあった。
「なんで君が泣くの?」
 先生のアトリエに通された私は、小さな木の椅子に座り、泣いてしまったことに自分でも収拾がつかなくなっていた。
 先生が電熱器の上でアルミのやかんでお湯を沸かし、紅茶を淹れてくれた。青磁のティーカップにわずかに欠けたふちがある。なみなみと注がれた薄茶色の液体は、欠けたふちからこぼれ出しカップを伝い、ソーサーに溜まっていく。それが先生の悲しみに思えて、泣きたいのは先生の方であったと気づき、気持ちが落ち着いた。
「先生、困っていませんか?」
 何もなかったような顔をして私は先生に問う。先生は膠アレルギーで、先生が使う岩絵の具は奥様が全て準備していると以前聞いていたからだ。
「うーん、絵を描かなければ困ることはないけれどね」
「先生、絵を描いて下さい。私にお手伝いさせてもらえないでしょうか」
 そんな風にして私は先生の弟子となった。それから先生の描く絵は、変わった。珊瑚のコーラルピンクの肌を持つ美しい女の人ばかりを描くようになる。
「僕は妻の骨を海に撒いたんだよ。人は海から産まれた。だから海へ還るべきなんだ」
 いつだったか先生がそう呟いていたのを覚えている。ああ、だから珊瑚の岩絵の具なのかと思った。見る人によって、泣いているようにも見えるし、微笑んでいるように見える不思議な表情をしている。喪の絵だった。
 モデルは奥様だということは聞かなくてもわかった。私は生きている奥様には会ったことはなかったが、若いまま年を取らない奥様に時折少し嫉妬した。そういう時に調合した絵の具は、きめが粗かったのを先生は気付いているはずなのに、何も云わなかった。
 絵がだんだんと売れるようになると、私のアルバイト料も高くなり、私はそれだけで生活を立てられるようになる。世界でたった一人、私を必要としてくれる人がいる。それは幸福なことだった。

 時計を見る。八時半。いつもならとうに先生は起きてくる時間。嫌な予感が当たった。先生は寝室のベッドに横たわったまま、こときれていた。警察と共にやってきた医者によると心不全ということだった。
 先生の遺言により、葬儀は私一人で行った。焼き場から出てきたばかりの熱い先生の骨を、私はひとつ残らず大切に拾った。
 ◇
 先生のいなくなったアトリエで、私は今朝も絵の具の準備をする。
 膠と、すりつぶした先生の骨と優しく混じり合い、晩年の先生の白髪を思わせるような艶のある白色になった。日本画の顔料は天然のものと決まっている。人もまた天然素材。
 先生、ごめんなさい。『僕が死んだら骨は海へ撒いてくれ』という、もうひとつの遺言は実行しませんでした。
 私は四十年ぶりに絵筆を握った。筆先から一度死んだ私だけの先生が蘇っていく。――思えば、先生以外の呼び名を今でも私は持たない。それもたぶん幸福なことだ。
 


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス