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マナーモードさん

推理小説が好きです。童話も書いてみたいと思っています。

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正月のあそび

12/11/28 コンテスト(テーマ):第二十回 時空モノガタリ文学賞【 お正月 】 コメント:0件 マナーモード 閲覧数:1564

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騒音と共に、漸く電車が入って来た。阿坂は思い切って絵画教室で知り合ったばかりの村上さやかの立っている場所に向かって走った。その距離は五十メートル以上だったが、電車が停止したとき、彼は彼女のすぐ傍まで行くことができた。
「あら。阿坂さん」
だが、さやかの表情に、歓迎の色はなかった。
「また飲み過ぎてぼおっとしてたんですよ。さやかさんは強いんですね」
「強いって、何が?」
「お酒。飲んでも余り変わらないから」
「そうですか?阿坂さんだって、弱くはないみたい」
二人は並んで座席に着いたが、少し離れて座った。
「そうですかね。しかし、毎週飲んで帰るなんて、珍しい絵画教室ですよね」
「そうかも知れませんね」
さやかの声は素晴らしく可愛い。そして妖艶な響きでもある。阿坂はそう思った。
そのあとは沈黙となった。阿坂は焦りを覚えている。さやかを喜ばせるようなことを早く云いたいと思ったが、何も思い浮かばなかった。二人の間には三十センチの隙間がある。
先頭車両の乗客は、全部で十人程度だった。それ以上に接近すれば目立つ存在になるような気がする。
阿坂はさやかの携帯電話の番号を訊き出したいと思っている。とりあえず携帯電話というものを話題にしてみようと思った。
「どこで聞いたか判らないんですけど……」
わざと小声で云った。作戦だった。
「えっ」
聞き取るために、さやかは座っている位置を変えようとした気配だった。ちょうどそのとき、電車に強いブレーキが掛かった。さやかが阿坂に寄り掛かるような形になってしまい、二人の距離が一気になくなった。
(作戦成功!)
阿坂は心の中で叫んだ。
「携帯電話で、もしもし、って云いますね」
「そうね」
「もしもし、って云うと、もしもし、って応えるわけです」
「ええ」
「もしかしたら繋がってないかも知れないって思うから、また、もしもし、って云うんです。相手の声が聞こえているのに、その繰り返し」
「あるある。うるさい場所だと、余計そうよ」
 さやかの眼の色が変わったような気がした。
「そうでしょう」
さやかは笑っていた。その笑顔がすぐ傍にあった。身体もぴったりと接し、体温を感じていた。
「で、切ってしまって、また掛け直す」
「そうすると話し中!」
「そう、そう!両方で掛け合っているから」
二人とも笑顔だった。何となく話したくなさそうだと、両方で思っていたのかも知れない。ほんとうは互いに話したかったのかも知れない。
「番号を……」
「あっ!まだ教えてないんでしたっけ?」
 阿坂は急に自分の番号を云った。
「かけてしまえば手早いけど、電車の中だから……」
さやかは周囲を見回して云い、バッグから手帳を出して聞き取った番号を記入した。
「素早いなぁ」
「不動産屋で働いてるでしょ。相手が番号を云ったら、さっとメモしないとね」
「なるほど。そういうことなんだ」
「そうなの……お正月はすぐね」
 電車のスピードが落ち始めている。
「正月かぁ。思い出しました……たこあげとか、竹馬、羽子板……」
「お正月の遊びね。待ち遠しくてね、子供のころ」
「そうでしたね。思い出すといろいろな遊びがあります。福笑い、すごろく」
「石けりとか、ゴム飛びとか、鬼ごっこ、かくれんぼ」
「正月に?」
「やりましたよ。缶けりとか、だるまさんが転んだ。それから馬跳び」
 さやかはむきになって云う。
「後ろの正面だあれ、陣取り、押しくらまんじゅう」と、阿坂も応戦。
「電車ごっこ、影踏み、縄跳び」
ひとしきり、二人で笑った。阿坂は胸に熱いものがこみ上げてくるのを感じていた。
「きりがないですね。いつも正月みたいな、あの頃、人生の黄金期でした」
「随分たくさんあったのね。だから、子供のころは凄―く、愉しかったのね」
「今の子供たちはテレビゲームとか、アニメとかですよね」
「あっ!もう着いてたのね」
 電車が終点に到着し、気が付くと車内に残っていたのは阿坂とさやかだけだった。
「随分早かったな。でも、愉しかった。ありがとう」
慌てて電車から下りた。並んで歩いているときも、肩が触れ合った。二人は微笑していた。
さやかは急に雑踏の中で立ち止った。そして見上げた。
阿坂はそのきれいな眼を、もう少しの間見ていたいと思った。
「まだ、九時台ですね」
改札の向こうの時計台を見ながら、彼女は笑顔で云った。
下りのエスカレーターに足をのせると、見降ろすさやかのコートは紺色だった。阿坂のダウンジャケットも紺色で同じような色だった。そんな偶然が嬉しかった。
「寒いですね。早くあったかいところに行きたいな」


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