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宮下 倖さん

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貝がはばたくとき

17/07/03 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 宮下 倖 閲覧数:119

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「今日もいる」
 私はおもわず声に出した。堤防の下には砂浜が広がっている。白い砂の中にぽつんとピンク色の背中が見え、私は少し逡巡したあと砂浜へ下りていった。
 私の町は海辺にあり、高校への通学路にも砂浜を臨む長い堤防がある。やや閉鎖的だが穏やかでいい町だ。
「こんにちは」
 砂が音と気配を吸収してしまうのだろう。浜にうずくまる小さな背中は私の声にびくりと反応した。ひとつに結わえられた長い髪が跳ねる。私は慌ててごめんねと謝りながら隣にしゃがんだ。
「最近いつも浜にいるから気になっちゃって……。私、律子っていうの。あなたは?」
 小学校中学年ほどだろうか。大きな瞳を瞬かせピンクのシャツの胸元を引っ張るようにしながら、その子は「まどか」と小さく答えた。
「かわいい名前! ねえ、まどかちゃんは何してたの?」
「……おまじない」
 おまじない? とオウム返しに訊くと、まどかちゃんはようやくにっこり笑った。
「おかあさんに教えてもらったの。あのね、貝殻を蝶々の形に並べるの。貝がホントの蝶々になって飛んだら願い事が叶うんだよ」
 見ると、まどかちゃんの傍には蝶々が翅を広げた形におかれた貝がたくさんあった。
 初めて聞くおまじないだし、貝の蝶が本当に飛ぶことはないだろうが、大きさも形もさまざまな貝が並んでいる様子はなかなか壮観だった。
「すてきなおまじないだね。まどかちゃんはどんなお願い事したの?」
「ないしょ!」と、まどかちゃんは恥ずかしそうに笑った。
 それ以来、私は下校の途中まどかちゃんを見かけると浜に下りて声をかけるようになった。おかあさんのことを嬉しそうに話すまどかちゃんと一緒に貝の蝶をつくったりもした。
 りっちゃんなどと呼ばれだいぶ仲よくなったつもりだったけれど、まどかちゃんが貝の蝶にどんな願い事をしているのかは教えてもらえなかった。

「律子、最近楽しそうね。カレシでもできた?」
 父の帰りが遅い日、夕飯の席で母がいたずらっぽく訊いてきた。
「んー、カレシはできないけど、ちっちゃい友だちはできた」
 私は浜遊びをしている女の子と仲良くなったことを母に話した。
 最初は微笑んで聞いていた母だったが、その子がまどかちゃんという名だと言うと急に顔を曇らせた。
「ああ……まどかちゃん。そう……さみしいのね、やっぱり……」
「え?」
「あの子ね、昨年おかあさんを亡くしてるのよ。すぐに新しいおかあさんが来たんだけど、その人に最近赤ちゃんが生まれたの。夕方まで浜にいるなんて、家に帰りづらいのかしら……かわいそうに」
 小さくため息をつく母を見ながら私は混乱した。
 大好きなおかあさんのことをいつも楽しそうに話してくれた。
 教えてもらったというおまじないを一生懸命ためしていた。
 彼女が言う“おかあさん”は、どちらのおかあさんだったのだろう。
「……まどかちゃんのおかあさんはなんで亡くなったの?」
 母の顔がいっそう曇った。重い息を吐いて囁くように言う。
「自分で海に入ったらしいわ。だんなさんの浮気が原因だって……」
 ばあっと頭の中をいろいろなことが駆け巡った。
 おかあさんが亡くなってすぐに来たという新しい母親って……。
 まどかちゃんが毎日しゃがみこんでおまじないをしていたあの浜はもしかして……。
 小さな町の中、噂の足は速く、密度は濃い。
 母の死の真相は彼女の耳にどんなふうに入ってきたのだろう。
 とたんに胸騒ぎがした。
 今日は定期試験直前で下校時間が早かった。浜にはまどかちゃんの姿はなかった。
 窓の外を見る。まだ明るさの残る空、もしかしたら自分を待ってまだ浜にいるのではないか。
 いてもたってもいられず、私は夕食途中で家を飛び出した。

 浜は夕陽が沈みかけていていつもより薄暗かったが、通い慣れた場所に小さな背中が見えた。
「まどかちゃん!」
 堤防から駆け下り砂に足をとられながら私は声を上げる。
 まどかちゃんが立ち上がってこちらを振り向くのがわかった。
「りっちゃん!」と私を呼ぶ声と、まどかちゃんの足元から青白い光が舞い上がったのがほぼ同時だった。
 薄暮の中、それは無数の蝶のように見えた。光はふわふわとまどかちゃんを守るように包みこむ。
 驚いて足を止めると光は大きく膨れ上がり一瞬で弾けた。
「おかあさん!」というまどかちゃんの声が聞こえた気がしたが、光が消えた浜にはまどかちゃんの姿はなく、波の音が響くばかりだった。

 あの日以来、まどかちゃんは行方不明だ。
 おまじないは叶ったのか、貝は蝶になったのか、まどかちゃんの願いはなんだったのか。
 もうそれを私が知ることはないのかもしれない。
 帰宅途中の堤防からいつも通りの砂浜が見える。
 すべてを知っているであろう海は夕陽を受け入れながら黙したままだ。


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