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海底の木魚、地上に達す

17/07/02 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 mokugyo 閲覧数:91

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古代中国の故事に「海底の木魚、地上に達す」というものがある。この故事にまつわる物語だ。

昔、昔の話。海底に木魚がいた。木魚は、体が木でできた魚だった為、海底の魚たちから珍しい目で見られていた。

木魚の父は魚、母は木であった。海底まで伸びる大木であった母に、父である魚は恋をした。やがて木と魚の子供である木魚が生まれた。しかし、木魚が生まれて程なくして、母である大木は大波に流されてどこかへ行ってしまった。父である魚も母を追いかけてどこかへ泳ぎにいってしまった。一人残された木魚は、孤独に生きていかねばならなかった。

海底に住む魚たちは泳ぎがうまい。しかし、木魚は頑張って海底で泳ごうとしても、体が木でできていた為に、すぐに浮いてしまう。
「なんと泳ぎの下手な魚だ。いつも体が浮いているぞ」
海底に住む魚たちは、そう言って木魚を笑った。集団の雰囲気に溶け込めない人間を「浮いている」と表現するのは、ここからきている。体が常に浮いてしまう木魚は、必死に海底になじもうと努力した。海底からのびる海藻を体にくくりつけ、浮かないように試みた。そんな姿も滑稽で、周囲の魚からは笑われた。

ある日、遠くの海底火山で噴火が起きた。海底のあちこちで異変が起き、海の中は大荒れになった。木魚が住んでいた海底もあちこちから火があがり地形が変わってしまった為、住めなくなってしまった。木魚は必死に泳いで、新しい住みかとなる海底を探した。しかし今度は津波が発生した。木魚は、津波に飲まれまいと泳いだが、大きな波に飲まれてしまう。遠く、遠くまで流されていく木魚。

どれくらい遠くまで流されたのだろう。気がつくと、木魚は海面をただよっていた。木魚は、明るく輝く太陽の光を見た。海底には陽の光は差し込まなかったので、それは珍しく、まぶしいものだった。海底で育った木魚は、海面に出ることを恐れていたが、いざ海面に出ると、目の前には美しい大海原が広がっていた。木でできていた木魚の体は、海面によく浮いた。海底で泳ぐよりも、だいぶ心地よかった。

木魚はしばらく心地よく海面を漂っていた。しかし、心地よさは長く続かない。海面の木魚のもとに、漁師の船が近づく。漁師がえいやと網を投げて、木魚をとらえてしまった。木魚は必死で逃げようとするも、網からは逃れられない。網には他にも多くの魚が捕まっていた。魚たちは「人間に食べられてしまう」と恐れている。

やがて、黒い雲がやってきて太陽の光がさえぎられた。大雨が降り、大風が吹き、大波が船を襲う。再び海は大荒れになった。網はちぎれて、その隙に次々と魚たちが海に逃げ出した。木魚は魚たちが逃げ出すのを手伝っていたが、非常に大きな波にのまれて気絶した。

嵐は三日三晩続いた。気がつくと、木魚は浜辺にたどり着いていた。浜辺には、大破した船と命からがら帰り着いた漁師、破れた網の中の木魚とわずかな魚がいた。

やがて、浜辺に村人が集まってきた。
「嵐で多くの漁師が死んだ。生き残った漁師が持ち帰れた魚もわずかだ。ああ、なんてことだ」
村人は嘆いた。相次ぐ津波の被害で村は食料が不足していたのである。嘆いた村人の一人が、棍棒で魚を叩いていく。木魚を叩くと、ぽくっという音がした。
「やや、なんとこれは木でできた魚だ!これでは食べられない!」
村人はあまりの悲しさでぽくっぽくっと何度も木魚を叩いた。やがて、木魚は浜辺に置き去りにされた。

村で葬式がひらかれた。津波で多くの人が亡くなった為、寺の和尚は何回も長いお経を読まねばならなかった。和尚は何回も何回もお経を読んだが、やがて疲れてきてお経を読んでいる最中に眠ってしまった。
「やや、なんて不真面目な坊主だ!死者を弔う際に居眠りするとは!」
和尚は村人から非難され、頭を叩かれた。

和尚は浜辺に逃げてきた。どうしたものかと考えていると、浜辺の木魚を見つけた。木魚は、眠気覚ましに自分の体を叩くように和尚に提案した。和尚はこの提案を受け入れて寺に木魚を持ち帰る。

和尚は木魚を叩きながらお経を読むようになった。この音で眠らずにすみ、お経の速度も整えることができる。村人にどうして木魚を叩くのか聞かれた和尚は、こう答えた。
「木魚の奏でるぽくっという音は、死者に寄り添う優しい音だ。そして木魚はずっと目を開けている。だから私もずっと目をあけてお経を唱えるのだ」
村人は、これに納得した。以降、寺ではお経の際に木魚が叩かれることになった。木魚は、寺で大切に扱ってもらえたので安心した。

これが「海底の木魚、地上に達す」の物語である。この故事は、海底から地上へ行くように、「全く新しい環境に身をうつす」意味で使われる。また「周囲から浮いているような人でも、必死に泳いでいればやがて自分の居場所を見つけることができる」という意味でも使われる。


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