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佐倉愛斗さん

佐倉愛斗(さくらまなと)です。 愛と恋と性を主題に小説を書いています。 よろしくお願いいたします。

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将来の夢
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記憶の海

17/06/28 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 佐倉愛斗 閲覧数:128

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 私は記憶の海に潜ることができる。
 目を閉じて両耳に人差し指をつっこむと、海の音がする。実際は指と耳の皮膚が微かに擦れている音らしい。それでも私は「記憶の海」と呼んでいる。
 記憶の海は誰か知らない人の記憶だ。潜ってみると様々な人間の記憶に出会う。最初は夢なのかと思っていたが、現在・過去・未来の知らない景色、匂い、音。そして知らない感情を追体験できる。
 その中で私は恋心というものに興味を持った。青い私にはまだ分からない。どうしてそんなに心震わせ喜怒哀楽するのだろう。心はなだらかな方が楽に生きられるのに。それでも興味を持ってしまったのだから、私は記憶の海で恋している人の記憶に出会うとほんの少しときめくのだった。
 ある夜、眠る前にいつものように記憶の海に潜った。押し寄せる波の音が頭の中をハウリングして、誰かの記憶につながる。
 その人は若い女性だった。テレビの音声から察するに私と近い時代に生きている日本人だ。違うのは、私が田舎の島育ちであることに対して彼女は海辺の都会に暮らしていることだった。
 彼女には好きな人がいた。その人に会えない悲しみに心が黒い波で荒れ狂い、その海水が瞳から染み出していた。
 たいそう愛しい人だったのだろう。私は記憶の中の彼女に笑って欲しかった。この前垣間見た、太ったアメリカ人警官が逃げた犬を追いかけてフェンスに挟まった話でもしたら笑ってくれるだろうか。
 記憶の中の彼女は一冊の日記帳を持っていた。日記帳と言ってもただの市販のノートだ。彼女はそれを胸に抱いて泣くのだった。「ねねちゃん」と私の名前を呼んで。
 名前を呼ばれたことに驚いて私は潜水をやめた。ただの偶然かもしれない。でも、胸いっぱいにサイダーが弾けるようなこの感覚は他の人の記憶に潜っていて知っていた。
――恋だ。
 それから私は頻繁に記憶の海に飛び込んだ。飛び込める相手はランダムだけれど、何故か彼女――ヒトミさんの記憶に潜ることが多かった。そこで知ったのだが、ヒトミさんには妹がいて、幼いころに両親が離婚していた。そして私が生きている時代のヒトミさんは高校生だった。
 私も幼いころに両親が離婚して、覚えていないが姉がいたらしい。そして今の私も高校生だ。たったこれだけの共通点で心躍るなんて私も他の恋する人も単純だ。
 ヒトミさんのノートには何が書いてあるのか偶然覗くことができた日があった。そこには日記なのか、小説の原案なのか、あらゆる人の名前とストーリーが描かれていた。妄想好きな質なのかと最初は思っていた。しかし私は見つけてしまった、私の名前を。
 ただの同姓同名かと思っていた。しかしそこには私の記憶がありありと描かれていた。
 私が島の閉鎖的な人付き合いに辟易していること。昨日さっちんの誕生日会をしたこと。そして、幼いころに両親が離婚して姉と離れ離れになったこと。
 ヒトミさんも私と同じように記憶の海に潜れる人なんだ。
 同じ能力のある人に出会うのは初めてだった。それが恋い焦がれるヒトミさんであったなんて。
 私はなんとかして連絡できないか考えた。ランダムに記憶を読み取るのだから現在の記憶が届くとは限らない。未来のヒトミさんに向けてメッセージを残すか、会いに行くか。逸る心が後者を選ばせた。
 私は何度もヒトミさんの記憶に潜って、おおまかな住所を知ることができた。島から小さな船で本州に渡り、そこからは新幹線。私は何時間もかけて横浜の地に降り立った。島とは違う人の多さに眩暈がした。ヒトミさんが通う高校の前で右往左往していると、彼女が現れた。鏡でしか見たことがない高校生のヒトミさんだった。
「あっ、あの、ヒトミさんですか?」
 ここまで来たのだ、逃げるわけにもいかなかった。
「どちら様ですか?」
 ヒトミさんは怪訝そうな顔で私を下から上まで見た。そうだ。どう説明したらいいのか私には分からない。
「ねねです。ほら、ノートに書いている。記憶の海の……」
「そんなノート、私は持ってません」
 ヒトミさんはそう言い残すと立ち去ってしまった。追いかけたかったけれど、足に根が生えたように動けなかった。

 そして帰りの船が転覆し、私は死んだ。

 死んでみて分かったが、人は死ぬと記憶の海の雫になる。私のあの能力は生と死の世界を垣間見ていたのだ。記憶の海はどこまでも広く、死に向かう全人類の全思考で満たされている。だからヒトミさんの記憶も全て自由に読むことができた。
 みっつ分かったことがある。
 ひとつはあのヒトミさんの能力は死者の記憶のみを読める人であったこと。
 もうひとつは、ヒトミさんは私の生き別れた姉であったこと。
 最後に分かったことは、ヒトミさんは死んだ私に恋してしまったこと。
 私たちは二度と会えない。凪いだ海に私の涙が小さな波を起こした。


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