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ジョゼさん

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Black wave

17/06/27 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 ジョゼ 閲覧数:185

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ああ、のまれる。

黒くうねった波が容赦なく身体にぶちあたる。
一瞬にして沈んだ身体の周りを大なり小なりの泡がぼこぼこと水面に向かって急いで上って行く。
体中がいたい。
息が苦しい。
服が水を吸っている。
必死で手をかいて見たが水面に上がる事すら出来ない。
ただ海面は大荒れだった。
上がったところでまた新たな波にのまれてしまう。

だから、

「もうここにすむことにしました」
誰に言うまでもなくつぶやいた。
つぶやいたというには少々声が大きすぎたかもしれない。
黒く重たい海水が身体を揺する。
もう今居る場所は水にのまれた位置よりも遥かに下で、少しの光も届かない。
時たま光っているものは、海で長らく生きている不気味な顔の魚みたいなやつの頭に付いたピカピカしたものくらいだ。
誰も聞いていなくて少々寂しさが浮かぶが、すぐあきらめの心がさらりとその感情を流してくれるので怒りや不満や悲しみが停滞する事はない。
なんてすばらしい事だろう。
「おれは不幸じゃないんだ。だってここは良いところさ」
ゆらゆら。
身体が揺れる。
何も見えないが何かがかすめた気がした。
誰かが聞いているようで聞いていない。
ここは海の底。
たまに見える光も偽物。
「だってさ…」
なおも永遠の暗闇に話しかけた。
「最初は頑張ったよ。周りに馴染もう。ちゃんとした社会人になろうって。でもさ、いくら頑張ったって帰る時間は早くならないだろ?誰もほめちゃくれない。たまにほめるときは、残業押し付けたいときだ。右も左も敵にしか見えなくて、張り付いた笑顔も固まってしまってどうにもならなかったんだよ。頑張れば頑張るだけ息苦しかった。せっかく上がってもまた波が多いかぶさってきて身体にぶちあたるんだ」
少し自称気味に笑ってみた。
誰も見ていないから少し格好をつけた顔をしてみたが、もちろん誰も見ていない。
安心して格好も、変な事も言える。
ここでは誰かに変わっているねとなじられる事もない。
「そう疲れたんだ。あそこで立ち泳ぎしてるの。体中は波にぶつかられて痛くてかなわない。おれだってさ、金さえあれば救命胴衣つけたり船持てたりしたかもしれないけど、ただ身ひとつで放り出されればいずれこうなるしかなかったよ。仲間も仲間じゃない。俺より先に沈むやつもいれば、俺を沈めて生き残ろうとするやつも出てくるだろ?疲れるんだよなぁ。人生の波にのまれちゃったっていうか。うまい事言ったかな?うん、うん。今もまたドヤ顔してるよ。ここがいいんだ。そこじゃダメだ水面へ上がってこいだなんていうやつはすごく強靭で苦境なやつだと思うだろ?案外そういうやつってさ、ただの見知の狭い頑固な正義ぶったやつ多いんだよね。あいつらさ、自分の勝手な正義で殴ってくるの。面倒くさいよね。あーあ、長話しちゃった。誰も聞いていないんだけどね。」
長々と話した言葉はことごとくうねる波にもみ消されて行く。
よくよく考えればこれが声として成り立っているのかは分からない。
静かで、時々何かの雑音がするけれど、ただそれだけ。
何もないが、あの頃に比べれば、幸せとはいかないけれど、ここでいい。
ここでいい。
ここで十分だ。
あんな場所に戻るくらいなら。





ガボンという音とともに、また誰かがのまれて行った。
ああ、まだ若いのにと隣で立ち泳ぎをしていた中年の男は思う。
ただそんな自分も次の波が来たら分からないなと思いながらも、男は両手両足を必死でばたつかせる。
波が来た。
一瞬ひるむがなんとか耐えて水の上に顔をだして体勢を立て直す。
俺には妻子が居るんだから。
そう考えた瞬間砂を背負ったように身体が重くなった。
なにくそと必死で腕を大きくまわした。
「がんばるぞ」
その男の目はプレッシャーと苦悩の色が渦巻いていた。
それでも男はたち泳ぐしかない。

男だけじゃない。
ここで必死に腕を振り回している全ての人間がそうする。
そうする事しか知らないのだから。
この真っ黒い海の上で。
明日沈んでしまうかも分からぬ恐怖におびえながら必死に社会にしがみつくしかなかった。






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