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ちほさん

心のあたたかくなるお話を じっくりと書いてみたいです。

性別 女性
将来の夢 図書館にある子どもの本を全て読むこと。 童話作家になること。
座右の銘 たいせつなのは、どれだけたくさんのことを したかではなく、どれだけ心をこめたかです。(マザー・テレサ)

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遅れてやってきた幸せ

17/06/27 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:1件 ちほ 閲覧数:106

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 アグネス孤児院に、8歳のポムを欲しがる人が現れた。大農場主のフェロー氏だ。彼は、7歳の病弱な娘の話し相手を探していた。お嬢様に孤児院の子など乱暴な話だし、心を閉ざしているポムには無理だと誰もが彼の決意を翻させようとしたが、フェロー氏はどうしても欲しいと言う。彼がそこまでの想いをどうして抱くのか誰にもわからなかった。
           ◇
 ポムは孤児院の庭に立って、桜の枝々の間から見える海をボーッと見ていた。それから桜の木に近づくと、花がたくさんついた細い枝を遠慮深くポキリと手折る。
「あらあら、ポム。いけないわ」
 シスター・レナが、小走りでやってきた。
「フェロー様がいらっしゃいましたよ」
 孤児院の質素な客間では、フェロー氏が安価なお茶を出されても文句ひとつなく美味しそうに味わっていた。シスター・レナに連れられてやってきたポムの姿を認めると、目尻に皺を寄せて微笑んだ。ポムの手をそっと握ると、彼は囁くように何かを試すように問いかける。
「娘のニーナには友だちがいたことがない。近所の子どもたちは親に、身分が違い過ぎるから一緒に遊ぶなんてとんでもない、と注意されているらしい。でもね、娘は寂しいはずなのに平気そうな顔して笑うような子でね。何とかしてあげないと、と私は考えていた。ところが君のことを話すたびに、娘のニーナは興奮して熱を出すのだよ。それで、ね、君を我が家に迎えたいと。──来てくれるかい?」
 ポムは頷いて、桜の小枝を彼に差し出した。
「……妹のニーナに」
 フェロー氏は、驚きつつ嬉しそうに受け取った。
「ありがとう。ニーナが喜ぶよ。自分で手渡してみるかい?」
 ポムは、顔を真っ赤にした。フェロー氏は笑いながら立ち上がると、ポムの目を楽しそうに覗き込んだ。
「君は、私が見つけた宝物だよ。いいかい? 君は、そのままの君でいいからね」
 ポムは、何だか胸がドキドキした。フェロー氏の言葉は、ポムを驚かせたのだ。
「そのままの? ……ボクはボクで、いいの?」
 ポムはキョトンとした。孤児院では、いつも子どもらしく活発であることを望まれてきた。それができないと、いい子ではないということで無視されてきたのだ。彼は、いつだって孤児院の隅で膝を抱えていた。それが彼の今までの人生だった。幼い子どもには過酷だった。 
 フェロー氏の馬車に乗っている間中、ポムは宝物とまで言われたことで顔を赤らめていたが、馬車が海岸沿いを行く時、遠くまで広がる海をただ見つめていた。頬の熱さを忘れるくらい真剣に。フェロー氏は、アグネス孤児院を訪ねるたびに、必ず海を見つめている小さな少年の姿に気がついていた。あまりにも彼の孤独な姿が胸の奥に焼きついてしまった。その何かに耐えるような真っすぐで一途な視線が、フェロー氏の心を奪ったのだ。
 ポムの隣に座っていたフェロー氏は、訊ねた。
「君は、いつも海を見つめているね? 海が好きなのかい?」
 ポムは、海から視線を外さずに小さな声で答えた。
「海には、お兄ちゃんがいるんです。お兄ちゃんは、海に消えました。ボクに手を振って波の中に消えました。海の中には白いお城があって、そこにお兄ちゃんは住んでいるんです。時々、貝の笛を吹いてボクを呼ぶんです。『君もおいで』って……」
 フェロー氏は、眉間を寄せる。悲しい作り話だ。ポムには、兄などいないのだから。けれど、ポムの想いは全て海に注がれてきた。海には大好きなお兄ちゃんがいて、ボクを見守ってくれていると。それが、ポムの心の支えだった。孤児院の先生方は、誰もポムの孤独を知らなかったのか? フェロー氏は怒りに捕らわれそうになった。が、この自分も娘の病状が安定したらポムを迎えに行こうと呑気に思っていて、結果、5年もかかってしまった。ポムに対して、フェロー氏は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「君を迎えに行くのが遅くなってしまって、ごめん」
「……」
「私は君を愛しているよ。嘘じゃないよ。君のことは、君が3つの頃から知っている。いつも海を見ていたね。本当に……ごめん。君をもっと早く迎えに行けばよかった」
 フェロー氏は、ポムの頭に顔を埋めて涙を流した。誰もポムを愛さなかったのに、そんな彼に涙を流してくれる人がここにいる。フェロー氏の想いの深さに胸が熱くなり、ポムの凍りついていた心が溶け出す。もう海にすがるような愛情を向ける必要はない。ポムの目からも、涙がぽろりと零れた。
「ニーナは、花が好きだよ。特に桜がね」
 恥ずかしそうに涙を拭うフェロー氏の優しいまなざしを受けたポムが、目の端にチラッと笑みをのせた。
──生まれて初めてのポムの笑みだった。


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このストーリーに関するコメント

17/06/28 ちほ

この物語はフィクションであり、今日では不適切とされる表現がありますが、物語内の背景上を鑑みて使用しました。

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