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村崎紫さん

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八月のある日

17/06/27 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 村崎紫 閲覧数:110

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海に入ってしまわないよう、そう意識しながら砂浜をしっかりと踏みしめる。
肌が焼けているのだろう。じりじりとした感覚がして、少し痛い。今朝、最高気温を更新するかもしれないとアナウンサーが苦笑いを浮かべていたことを思い出す。真上からの日射しと砂浜からの照り返しで茹ってしまいそうだ。
足取りが重くなっていることに気付きながらも、目だけは動かし続けた。この時期はいつもより遊泳する人が少ない。それでも多い人の中から、彼女を見つけ出そうとする。ここで、会えるのかどうか分からない。だけど期限は迫っている。人の顔を見るのにも疲れた時、ふと岩陰の方に涼しげな白が見えた。

目を凝らして息をのむ。
ワンピースがふわりと波風に揺れる。透けるような白い肌。鎖骨の上をなでる黒髪。そこからちらちらと見える首筋のほくろ。
いた。
砂を踏む音が少し早くなる。
彼女もこちらに気付いたようで、目を丸くしていた。
「久しぶり、だね。」
「久しぶりだね。驚いた。こんな所で会えるなんて。少し老けた?」
「そりゃあ。やっぱり学生の時とは違うよ。休みが少ないし。…そっちは大変じゃない?」
「最初は戸惑ったけど、住めば都、と言っておこうかな。」
「そっか。その、ここに来て、怒られたりしない?」
「鬼の居ぬ間に洗濯!ってね。話を聞いてると私の他にも結構いるから大丈夫。でも、ここにいると悪いことな気がしてドキドキしてた。」
目頭が熱くなる。終始いたずらっ子のように笑う彼女は以前と変わらない。俺が一目惚れした笑顔に懐かしさが込み上げる。
安心して、昔のようにたくさん話をした。友達の近況や仕事の話、最近のドラマの感想や彼女の好きなアイスの新しい味が近いうちに発売されるなど、他愛のない話を時間など気にもかけなかったほどに。

ちゃぷん。足元から波の音が聞こえ、ハッとする。彼女が少し寂しそうに笑った。
「そろそろかえらないと。」
「……うん。」
「今度は大切な人と一緒に来てよ。」
「……そう、だね。」
「海の良い思い出をたくさん作ってほしいな。大丈夫。すぐに出来るよ。」
「そうかな。」
「その方が私も嬉しいな。…じゃあ、元気でね。」
思わず俯いた。視界は当たり前のように俺だけが砂浜に立っている情報を知らせる。
「会いに来てくれてありがとう。大好き、だったよ。」

昔、祖母が言っていた。お盆に海に行ってはいけない。地獄の釜が開いているから、良いものも悪いものも来てしまう。引っ張られてしまうから近寄ったらいけないよ。

もう姿も見えない彼女がいた海に足を踏み入れるのに一歩もいらなかった。
君がそこにいるなら堕ちにいく。
ザブザブと泡を立てて進む。水を吸った服が重くなるのも、波が押し返すのも気にせず必死で歩いた。そのうちに足元が急になくなり、ドブンと沈む。気泡の白が視界を塞いだのは一瞬で、暗くて冷たいと思っていた海の中は、鈍い青が澄んでいて、優しく包みこむようなあたたかさがあった。
「ばかね。」と彼女の泣きそうな優しい声が聞こえた。それに安堵して息を吐き、身を任せた。

呼吸をしている。
そう思った時は白い部屋の中だった。地獄のような暑さも、包まれている温かさもない。
「あ、気付きました?先生呼んできますね。」
「どうして…。」
「覚えてないですか?海で溺れてたのを見つけた人がいて救出されたんですよ。遠目、女性の腕のように見えたそうですが、どなたかとご一緒でした?」
「…いいえ。ひとりです。」
「そうですか。…良かったです。あなたが生きてくれて。」
そう言うと看護師は会釈して部屋から出て行った。
自殺しようとしていたのだと、思われたのだろう。死にたいわけではない。ただ、一緒にいたかっただけで。でも彼女は許してくれなかった。
ああ。情けない姿しか見せていないな。
思えば彼女がこの世からいなくなって2年経つというのに、会いたいという気持ちばかりで、何も成長していなかった自分が恥ずかしくなった。
君の深さにつり合う人間になってから迎えにいく。遅くなるかもしれないけど、その時は、胸を張って自分の想いを伝えるから、聞いてほしい。
まずは、彼女の好きなアイスを持ってお参りに行こう。そう決めた途端、窓からきらりと光が見えた。それは遠く小さく見える海だった。どこかの病室で、今日の朝晩は少し涼しくなるとアナウンサーの嬉しそうな声が聞こえた。


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