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麗蘭さん

性別 女性
将来の夢
座右の銘 初心忘れるべからず

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海をまた好きになる

17/06/26 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 麗蘭 閲覧数:181

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私と彼は海で出会いました。
そういうと、ひどくロマンチックに聞こえるかもしれません。
しかし、現実はそう素敵なものではないのです。
なぜなら、私はそこに入水自殺するために行ったのですから。
私は今でもその日のことをはっきりと覚えています。
それは冷たい秋風が私の柔肌に食い込む、寒い日のことでした。
私はすべてのことに疲れ果ててしまっていたのです。
華道の家の長女として生きて死ぬことが、嫌になってしまいました。
家のために生きる人生から逃げ出したくなってしまいました。
だから私は白いワンピースを身にまとい、鉄球を足にくくりつけて、夕日を映す海へと足を進めたのです。
「待て!!早まるな!!」
しかし、海にせり出した断崖から、私に向けて声がかけられたのです。
私がそちらの方を向くと、男性が必死に声を張り上げました。
「俺がこれからそっちに行くから、絶対に、絶対に動かないでくれ!!」
そう言うと、男性は慌てて断崖を降りに向かったようでした。
私は困ったことになったと思いました。
人に見られてしまったからには私は死ねません。
こんな状態で死ねば、あの男性は私を助けられなかったと後悔するでしょう。
私は死にたいですが、誰かの心を傷つけるなんてことはしてはいけません。
私はそのままそこに立ちつくしました。
すると男性はすぐにこちらにやってきて、私の手をつかみ、陸に引き戻しました。
そして、私の両手を握り、私の両目を見てこう言ったのです。
「死ぬな」
その切実さに私は驚きました。
しかし、私は死にたいので、無駄だと分かりながら小さな抵抗をしました。
「でも、私には生きる理由なんてないのです」
するとその男性は、とてもおかしな提案をしてきたのです。
「──それなら、俺のために生きてくれ。俺は君に死んでほしくない」
私はその台詞に呆気にとられました。
なんておかしな人なのだろう、と自分のことを棚に上げて心配しました。
しかし、家のためではなく人のために生きるのは、存外おもしろいかもしれないと。
そう思った私は、彼の手を握り返したのです。



これが、私と彼の馴れ初めといえば、馴れ初めなのでしょう。
それ以来、私は彼と一緒にいるようになりました。
彼は、清明さんはとても良い人です。
言葉は少ないですが、とても優しい人です。
私を愛してくれます。私も彼を愛しました。
すると、彼はよく笑うようになりました。
きっと彼も何か傷を抱えているのでしょう。
そして、彼のおかげで私は生きることが苦痛ではなくなってきました。
母にも最近、花を生ける時の表情が良くなってきたと褒められました。
しかし、清明さんは私の友人とは言えません。ですが恋人でもないでしょう。
寒い言葉ですが、「運命共同体」とでもいいましょうか。
私たちは互いに依存しあっているのに、二人の関係をはっきりと示す言葉がないのです。
「華。何を考えてるんだ?」
「いいえ、大したことではありませんよ、清明さん」
私はゆっくりと頭を振ります。
そして、このとても広い部屋を、広いだけの彼の部屋を見渡しました。
いつ来てもここには何もないのです。ひどく殺風景なのです。
すると、隣に座っている清明さんが、急に私の手を握りました。
「なぁ、これから海に行かないか?」
「海?…あの海ですか?」
「ああ」
私は不思議に思いながらも頷きました。



海は、あの日と同じように夕日に照らされていました。
しかし、私は驚きました。いえ、寒気を感じたという方が近いかもしれません。
自殺しようとした時は、私を殺してくれると、私を受け入れてくれるのだと、海に愛しさを感じていました。
ですが、今はどうでしょう。
海が私を飲み込もうとしている。
その事実がどうしようもなく恐ろしいのです。
私は清明さんに抱きつきました。
「怖い?」
「ええ、とても」
「俺も怖いよ」
ふと見ると、清明さんの手も震えていました。
しかし、清明さんは私をそっと抱き寄せてくれました。
「…実は俺も、あの日死のうとしていたんだ。でも、死のうとしている君を見て、いてもたってもいられなくなった。俺は死にたいけれど、それは、誰かが命を絶とうとしているのを見過ごしてまですることではない、と思ったから」
そうか、清明さんも私と一緒だったんですね。
悲しいくらい、私たちは似ているんですね。
自分は嫌い、しかし周りは助けたいと。傷付けたくないと。
私は目の前の海をじっと見つめました。
「いつか、この海をまた好きになれるように、精一杯生きましょう」
私も彼もまだ傷は完全に癒えてはいない、だからこの海が怖いのです。
しかし、二人で前を向いて生きていけば、きっといつかは乗り越えられる。
「ああ」
私は、肩に回された清明さんの手に、ぐっと力がこもるのを感じたのでした。


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