1. トップページ
  2. ガラス細工のビーナス

micchoさん

「世の中はつまらない小説で溢れている」 「こんな小説なんかより俺の方が数段面白いものが書ける」 小説を書き始めるまではそう思っていました。 まずは全作家の皆さんに土下座して謝りたいです。 あなた方は偉大です。 ふとしたきっかけで小説を書き始めて早半年、 アイデアの乏しさ、ボキャブラリーの貧困さを日々痛感ながら、こうして駄文を量産している次第です。

性別 男性
将来の夢 小説でもプログラムでも、とにかく良いものを生み出したいと思っています。
座右の銘 名誉を愛するものは自分の幸福は他人の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあると思うが、ものの分かった人間は自分の行動の中にあると思うのである。

投稿済みの作品

1

ガラス細工のビーナス

17/06/26 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 miccho 閲覧数:154

この作品を評価する

 彼女が転校してきたのは、確か二学期が始まって一週間も経たない日のことだったと思う。
 特産品と言えばアジの開きくらいしかない、このうらぶれた港街の中学校には、転校生なんてまず来ない。この街にやって来るのは、せいぜい落ち目の演歌歌手くらいだ。
 事件はその滅多にやって来ない転校生が黒板に自分の名前を書いた、その直後に起こった。

「海野幸と言います。東京から来ました」
 彼女がそう自己紹介すると、教室のそこかしこで、忍び笑いが聞こえた。
「海の幸、山の幸ってか。親の顔が見たいぜ」
 高木が薄笑いを浮かべながら、誰もが思ったであろう台詞を吐いた。
 その直後だった。海野は静かに高木の方に歩み寄ると、強烈な平手打ちをかましたのだった。
 呆気にとられる高木やクラスメイトを尻目に、海野はそのまま自分の席に着いた。教室に起こったどよめきはしばらく収まることは無かった。
「バカみたい」
 俺が横目で海野を盗み見ると、そう言って肩をすくめていた。

 休み時間。自席で読書をしている海野の元にクラス委員の山邑が話しかけた。
「海野さん、何を読んでいるの?」
 でも海野はそれには答えず、面倒くさそうに表紙をちらりと見せただけ(マルキ・ド何とかとかいう作家だった)で、すぐに視線を本に戻した。
「何なのあいつ、東京から来たからって、調子に乗ってるんじゃないの。変な名前のくせしてさ」
 転校初日、海野は早くもクラス中を敵に回すことになった。

 クラスの何人が気づいているか分からないが、海野は間違いなく美人だった。
 全く日焼けしていない肌は白く透き通っていて、まるでガラス細工だった。ガラス細工のビーナスだ。
 おとぎ話の世界では、ガラス細工が人間になって、最後にとびっきりの笑顔を見せる、なんてことがあるのかもしれない。でも、一週間、また一週間と時が経っても、彼女は未だにガラス細工のまま、その表情を変えることはなかった。一体彼女は何が楽しくて、何が悲しくて、そうやって生きているのだろうか。
 そうこうしているうちに、クラスはすっかり日常を取り戻していた。海にインクを垂らしてもすぐに拡散して消えてしまうように、あの日強烈な印象を残した海野は、今ではその存在自体が儚げなものとなっていた。

 その日俺が日直の仕事を終えると、外はもう薄暗くなっていた。
 帰り道にはお化け崖と呼ばれる崖があった。周囲に安全柵も無く、危険な場所として地元民でもあまり近づきたがらない場所だった。
 そのお化け崖に人影があった。セーラー服を着ているようにも見える。だとしたら、うちの中学の生徒だろう。ひょっとして、自殺?別に正義漢を気取るつもりは無かったが、同じ学校の生徒に自殺でもされたら胸くそ悪い。急いで人影に駆け寄った。

「おい、そこで何してるんだ」
 その声に反応して振り向いた相手は、海野幸だった。
 海野は、泣いていた。
「えっと、あなたは確か…」
「山川だよ。同じクラスの。それより、自殺なんて早まるなよ」
「何か勘違いしていない?私は海を眺めていただけよ」
「何だよ、それ。心配して損した」
「バカみたい」
そう言って海野はまた肩をすくめた。

「しかしなんだってこんな場所で海なんか眺めたんだ」
「あなたに話す筋合いは無いわ」
「あーはい、そうですか。東京から来たお嬢様は、こんな田舎者とは話したくありませんか」
「ごめんなさい、冗談よ。ただ、私にもよくわからないの」
 そう言って海野は初めて困った顔を覗かせた。
「私の父さん、漁師だったの。夕食はいつも父さんの釣った魚が並んでた」
 このガラス細工の少女の父親が屈強な漁師だったなんて、何ともイメージが沸かない。
「あの日も、私が起きた時には父さんはもう漁に出てた。天気図では晴れだった。でも急な嵐が来て父さんは…」
 そこで海野は言葉を飲み込んだ。
「父さんが死んで、残ったのはこのヘンテコな名前だけ。本当に…、バカみたい」
 海野は悲しそうに笑った。マルキ・ド何たらの本を片手にクールを決めている転校生の姿はそこには無かった。そこにいたのは、きっと何度も何度も、その繊細な心を傷つけられてきた、十四歳の少女だった。

「お前、友達欲しくないのか。海野幸なんてめでたい名前のやつが、そんな辛気臭かったら名折れだぜ」
 海野は頬を膨らませ「何よ」と言って怒った。なんだ、そんな表情もできるじゃないか。
「なあ、海のこと、嫌いか?」
 俺の問いかけに海野はしばらくうつむいていたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「嫌いじゃ、ないよ。父さんが、大好きだったから」
「じゃあ俺達は、今日から友達だ。海が好きなやつに、悪いやつはいない」
「何よそれ」
「バカみたい、だろ?」
 ガラス細工の呪いは、もうすぐ解けそうだ。

(了)


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス