田中あららさん

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フグ

17/06/25 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:4件 田中あらら 閲覧数:393

時空モノガタリからの選評

作者は海辺の育ちなのでしょうね。海で遊んで成長する子供達と彼らを見守る大人達の描写が具体的・立体的で、今コンテスト中でリアリティという点で最も印象的な作品でした。表面的な描写にとどまらず心理的な面もしっかり書かれていたと思います。海での遊び方や膨らんだフグを踏み潰すという遊び自体、非常にインパクトがありましたが、そこに祖母の忠告に背いてまでもそれをやってみたい好奇心、子供特有の残酷さが良く出ていて興味深かったです。後半の、フグの毒によって死ぬ恐怖、母の言いつけに従わなかったという後悔、動揺を隠そうとする感情の変化がとてもリアルでした。これは子供ならではの思い込みだったわけですが、後から思えば笑い話のようなものであっても、葉子にとってはまさに「死」と直面する2時間だったわけで、そこに死への根源的な恐怖など人間にとって根源的な感情が表れていたのではないかと思います。字数の問題なのでしょうけれどかなり駆け足になってしまった感があったのが惜しいですが、それでも他にない魅力がある作品だと思います。

時空モノガタリK

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 リアス式海岸の小さな町は、複雑に入り組んだ海岸線のわずかな平地と小さな谷あいに家々がへばりついていた。水田はほとんど見られず、畑は山に向かって石垣で段々に上がっていき、柑橘類の栽培が盛んだった。みかん畑から見下ろす海は、穏やかで美しかった。

 葉子の家は、目の前が海だった。正確にいうと、海と家は船着場と堤防に阻まれていたが、海までの距離は徒歩10秒だった。船着場は小さな子供が一人で歩くには危なかったので、小学校でも家庭でも海辺の道は一人で歩かないように指導されていた。葉子は小学校2年生、まだまだ一人歩きはさせてもらえなかった。
 しかし、海の子は海で遊んで成長する。夏には少し遠浅になっているところを地区の大人たちが総出で掃除をし、タイヤチューブなどの浮力を利用した休憩場所や、飛び込み台などを設置した。そこで子供達は思う存分楽しんだ。地区ごとに上級生が引率して海水浴に出かけ、上級生が下級生の面倒をみた。海水浴場では、やはり大人たちが交代で見守り、男の子たちの危険な悪ふざけを止めたり、決まった時間に休憩の合図をして全員を海から上がらせるなど、きっちりルールを守らせる代わりに、子供達を海で遊ばせるための労力を惜しまなかった。なぜなら、自分たちも子供時代に海で楽しく遊びながら、海辺での危機管理を身につけてきたからだ。海は子供の成長の場でもあったのだ。

 夏休み、葉子は毎日海水浴に出かけた。帰ってくると昼寝をし、夕食までの時間に時々釣りをした。一人で行くことは止められているので、祖母におねだりをした。
「おばあちゃん、釣りしようよ」というと、祖母は付き合ってくれた。麦わら帽を被り、庭の堆肥置き場で自然に繁殖しているミミズを数匹適当な容器に入れ、祖父の手作り竹製釣竿とブリキのバケツを持って海岸に行くのだ。
 ある日葉子が釣竿を持って海岸に行くと、近所に住む上級生がいた。彼は足裏で何かを転がしていた。
「おい、面白いで、みてろ」といい、足をどけた。そこには腹を大きく膨らませたフグがいた。泳いでいるフグは他の魚と同じようにスマートなのに、それは前に絵でみたように、パンパンに腹が膨れていた。
「すごい!」と葉子が言うと、上級生は得意気な顔をして、いきなりフグを踏み潰した。パン、と音がしてフグは破裂した。
「あ!」葉子は驚いて叫んだ。「死んだ?」と聞くと「うん」と言った。
 祖母がすぐ近くに来ていた。
「遊びで殺したらあかん」と祖母が言うと、彼は「みんなやっとるもん」と言った。祖母は「無駄な殺生するとバチが当たる」と言って、離れていった。
 上級生は「チェッ」と舌打ちし、反対方向に離れていった。
 葉子は祖母のところに行き、釣りを始めた。

 その日葉子が釣ったのはフグだけだった。釣ったフグは海水の入ったバケツの中で泳いでいた。もともとフグはバカでも釣れると言われ、糸を垂れればかかった。一方クロメやベラはちゃんとした道具も技術もない小学校低学年の葉子にはなかなか釣れなかった。
 葉子は祖母が何かの用事で短時間家に戻ったすきに、フグを地面に置いてそっと足裏で転がしてみた。腹が膨らんできた。どこまで膨らむのか試したかった。パン!と破裂するだろうかと、葉子はドキドキした。もう膨らまないというぐらい膨れ、踏み潰したい衝動にかられた時、祖母の足音に気づき、葉子はあわててフグを海に蹴り落とした。海に落ちたフグはプカーっと浮いていたが、やがて元の姿に戻り泳いでいった。
 葉子はバケツのフグを家に持ち帰り、たらいで泳がせた。触って遊んでいると、母親の呼ぶ声がした。台所で母親が「カステラがあるから、手を洗って」と言った。カステラが好きな葉子は、手も洗わずに一切れ手にとって食べた。大きく頬張り、最後に手についたカステラのカスを舐めると、海の味がした。
 その時、葉子はフグには毒があることを思い出した。そしてさっきまでフグを触っていたことと、母親が「手を洗いなさい」と言ったのに、洗わなかったことを思い出した。』葉子は目の前が真っ暗になった。『死ぬ』という不安と『お母さんの言うことを聞かなかったから叱られる』という思いが交錯した。葉子はフグ毒が内臓にあることを知らなかった。
「ね、フグの毒で人が死ぬのに、何時間ぐらいかかるんかな」と聞いた。「さあ。2時間もかからんのとちがう」と母親は適当な返事をしたが、葉子はとっさに時計を見た。

 頻繁に時計を見ながら、フグで遊んだことを悔やんだ。バチが当たって、フグが死んだように自分も死ぬと思った。自分が死んだら、家族は悲しむだろうかと考えた。そして自分の考えていることを悟られないように普通に振舞おうとした。
 長い2時間だった。葉子は生き延びた安堵感から、むせるように泣いた。それを見た祖母がそっと葉子の背中を撫でた。


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このストーリーに関するコメント

17/07/26 木野 道々草

まるで、子供の日常にあるドラマを撮ったショートフィルムを見ているような、臨場感を感じました。葉子に焦点が当てられていても、子供の微笑ましさだけではなく、子供たちを見守る祖母や地域の大人たちが登場し描かれていることに、作品の魅力を感じました。読後、こういう風景っていいなあと心が和みました。

17/07/27 田中あらら

木野道々草様
大変あたたかいコメントをいただき、嬉しい限りです。このストーリーでは、私が育った頃の田舎を元に書いてみました。半世紀も前のことですから、記憶も美化されています。忘却は救いでもあります。ありがとうございました。

17/07/31 光石七

入賞おめでとうございます!
拝読しました。
舞台は愛媛でしょうか。情景が目に浮かぶようです。
子供の思考・行動が懐かしくも微笑ましく、見守る大人の厳しさと優しさにこちらも安心感を覚え、心地良い読後感でした。
ずっと残っていてほしい風景ですね。
素敵なお話をありがとうございます!

17/07/31 田中あらら

光石七様
舞台は三重県です。子供の思考や行動は、大人から雑に扱われることが多いと思うのですが、いろんなことを考えて生きていたことを思い返して書きました。
入賞できて嬉しかったです。ありがとうございました。

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