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アシタバさん

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失恋したら海

17/06/25 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 アシタバ 閲覧数:199

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 彼女がエスパーであるわずかな可能性に賭けたのだ。
 毎日、職場のオフィスにて、彼女へ『好き』のテレパシーを送り続ける。
 直に言うのが恥ずかしいゆえの苦肉の策だった。
 それでも、いつか彼女が応えてくれる日を信じて待った。
 しかし、そんな日々が今朝で終焉を迎えた。
 人はこれを失恋と呼ぶらしい。
 どうやら彼女はエスパーでなかったらしいが、今になって気がついた。
 そもそも私も、エスパーでなかったのだ。


 お祝いの花束の美しさも、彼女の笑顔の前で霞んでいる。
 そんな笑顔を惜しみなく振りまきながら、彼女は我が営業課の朝礼にて、寿退社を高らかに宣言したのである。
 社外で出会ったという、どこぞの馬の骨氏と。
 そいつと彼女の未来にむけて、大勢の同僚たちが次々と拍手や祝言を贈るなか、私も右にならえ、彼女の面倒をずっと見てきた先輩として恥ずべきことのない態度を取り繕った。
 忍耐力を限界まで使い果たした私はデスクに戻ってからというもの外回りを放棄して、今からでも遅くない、知略、謀略、策略なんでもいいから色々張り巡らして二人の仲を全身全霊をもって引き裂いてやる、と、ねちっこい妄想のうえにゴロゴロと身を転がしていた。
 しかし数時間後、私は彼女の良き先輩として、そのような暗黒面に身を投じる真似はやはり間違っている、という、かくも気高い結論に辿りついたのだった。良心の勝利である。
 すんでの所で思いとどまった自分をやさしく抱きしめてやりたいが、私は私という男臭い存在に抱きしめられることを良しとはしなかった。
 嗚呼、出来ることなら彼女に抱きしめて欲しい。
 しかし、現実で彼女と抱き合っているのはどこぞの馬の骨氏とである。
 考えただけでリアルな現実に押し潰されそうだった。
 思い起こせば悪いのは私。
 私は彼女に対してなぜ恋心を打ち明けなかったのか? 過去の自分を悔やんでも悔やみきれない。行き場を失った恋心が私の生きる活力を取り上げて人質とし、今世紀中に完成する望みのないタイムマシンの要求をまくしたててきた。
 人はこれを不毛と呼ぶらしい。
 これではいけない。
 やりきれない想いをどうにかしなければと考えて、仕事をハンマー投げよろしく放りだし、おもむろに頭のなかの電算機 をまわしてみる。
 すると電算機は私にひとつの活路をはじきだした。

 部下に甘いと評判の上司を「外回りです」と欺き、罪悪感と共に鉄道に揺られること数時間、目の前にはレジャー雑誌の覚えめでたい海水浴場が広がっていた。
 遮るものなく広がるコバルトブルー、とまではいかないが、なかなか青い海原と、勇猛な猛禽類が宙を舞う青空は、遥かむこうの水平線にて、恥じらいながらも青のよしみで繋がっていた。オフシーズンで人の少ない海辺は気持ちが良かったが、潮風にさらされる背広に対しての後ろめたさは禁じ得なかった。
 失恋したら海。
 私の電算機は紛れもなく昭和製だ。
「あー」
 おもむろに海に向かって叫び、胸のモヤモヤを水中に溶かしていく。悲しみの作業はフロアならぬビーチの視線をほしいままにした。そのうちの一組のカップルと目が合う。悲しいかな、その影が彼女と重なった。
「いー」
 彼女と過ごした日々が蘇る(※誇張アリ)
「しー」
 砂浜に座ってギターを弾いていたサングラスとアロハシャツの小粋なおじさんが、私のために有名な失恋ソングを歌い始めた。
「てー」
 母に手をひかれた幼子が、私を指さして「あれ何?」と問うと、母は「失恋したのよ――昭和世代が」と我が子に言って聞かせた。
「たー」
 切ない想いをのせた最後の声が、振り返ることもなく、太平洋へ向かって飛んでいく。
「さようならマイラブ」
 願わくはアメリカまでいってこい。


 すっきりとした私のもとに電子音が着信を告げる。
 晴れやかな声で応答すると同僚が叫んだ。
「おい早まるな!」
 ひととき理解が迷子になったが同僚は教えてくれた。
 なんと私の恋心は実のところ会社連中にとって周知の事実だった。そして、外回りの嘘も見破られて、誰の名推理なのか(恋に破れた私が荒波の海に身を投じようとしている)という偽情報がスペイン風邪顔負けで広がっているそうな。
 皆が必死に捜索しているらしい。
「どこにいる?」
 それに答えない私は静かに携帯を切った。
 誤解を解くべきだったが人生史上稀にみる羞恥心により、無意識に手が動いたのだった。奇しくも陽が傾きはじめており、私の顔が赤いのは何も羞恥心のせいだけではなかった。
「少しだけ、時間をくれ」
 心の荒波を静めるために――海だけに、待てば海路の日よりあり。


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