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忍川さとしさん

創作趣味に目覚めたのは、ブログ活動の結果です。

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家訓やぶり

17/06/25 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 忍川さとし 閲覧数:222

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「海に近付いてはならない」

 我が家に、曾祖父から伝わる言葉だ。
 家訓と言うには気味悪く、訓戒とするには意味不明。こんな言葉を言い残された日には、子孫に伝える気も失せそうなものだが、代々我が家では、海に近付かないことを真面目に守って、日々を重ねてきたそうだ。

 そのくせ累代墓は、海を望む丘の上にある。もちろん行ったことは無いが、死んで初めて我が家の男は、海を見ることが出来る仕組みとなっている。
 ここで『男は』としたのは、この戒めが家の男子のみにあてはめられるからだが、僕はその四代目。
 今日は二代目の祖父、三代目の父と共に、《初代》曾祖父の墓参りに来ている。
 もちろん、海の墓ではなく、分骨した山の方の墓である。
 墓参の理由は許しを乞うため。
 実は僕は、大学生の身分で結婚する事となった。所謂デキ婚だが、相手は二つ年上の社会人でしっかりした女性だ。
 だから授かるものもしっかり授かったし、しっかりしなかったのは僕の方。
 それはさておき、なぜに初代の許しが要るのかというと、彼女が海の見える町の出身だからである。
 父は、人間を『山の人』と『海の人』の二つに分類していた。三代目ともなると、つまらない戒めも畏るべき現実味を帯びる一例だ。彼女が『海の人』と知った時の、父のとり乱し様と言ったら無かった。
 子供が出来たことより、そっちの方に気を取られ、「山の人では無いのか?」「本当に海の人か?」と、滑稽なほどしつこく聞いた。
 僕らが結婚したら、これから海を見る機会など幾度あることか。仮に避け続けたとしても、生まれてくる子が男ならまさしく『五代目』。乳飲み子が母の背から、海を見るであろう事を、止める手立てなどある筈がない。もし彼女に全てを明かして、海を見せぬようお願いしたとして、笑われるのがオチである。

 だがそもそも、なぜ我が家の男は海を見てはならないのか。
 まだまだ威厳のある祖父は、我が家の男子だけに口伝されてきた曾祖父の言葉を、これから僕に話すだろう。
 今日、墓参りに来たのには、そんな理由もあったのである。


「(ひい)爺さんは、な、戦争で南方に征くことになってな――。お腹に子を宿した新妻がおってな――」

 祖父が口を開くと、僕は自分を取り巻く風景が一変している事に驚いた。背後にはどっしりした山々の筈が、緑風は初めて香る潮風と変わり、足下は熱い砂となって打ち寄せる水が心地良く冷やす――。
 ひい爺さんに成り代わった(であろう)祖父は、言葉を続けた。

「わしは岩場に伏せて泣いた。その岩の一つが娘の姿となり、わしに言う事には……」

 娘は、人には余計なほど美しく、それが恐ろしかったひい爺さんは問いに応じたのだという。

「この海を、甘く替えてやると言うなら、お前様は無事帰る」

 それが問いだった。海を甘くするなど出来るはずも無いのに、ひい爺さんは『無事帰る』事に心を奪われて嘘をついたのだった。

「――わしは生きて帰ったな。この浜にな。あの美しい娘は、岩場に伏せば現れるのだと言うた。わしは山へ逃げた。あれは人ではなかったろうな。海を甘くするなど――。わしは忘れることにしたな……」

「でも、忘れ切れなかった……ですよね?」

「――娘は夢枕で言うたな。永代に渡ってでも、願いを叶えてもらうぞ、とな」

「だから、海に近付いてはならない……?」

「――お前達にも、悪いことをした、な……」

「…………」

 やがて祖父は我に返った。風景も元の山に戻っている。僕たち三代は顔を見合わせた。浴びせられた海水か、頬が塩でざらついている。


 数日して。
 僕は彼女を誘って、彼女の育った海の見える町へと行くことにした。
 奇しくも、そこは我が家の墓所のある浜に近く、海の方の墓参りも兼ねることにした。
 あの不思議な話は、行きの電車の中で、彼女に話した。
 彼女は終始無言で聞いていて、話が終わってもなにも言わなかったが、明らかに様子がおかしい。
 そして町につくと、まず向かったのは墓。我が累代墓は、海とともに、死して初めて目にする決まりとなっている。
 縁起でも無かったが、意を決して訪れたそこは、驚くことにあの白日夢とまるで同じだった。ひい爺さんが伏した岩場も、目の前にある。
 僕はそのつもりは無いのに、つい岩場に伏してみた。途端、あの娘の声が聞こえてきた。
 声の主は、美しく目をつり上げた彼女だった。

「約束じゃ。この海を、甘く替えること、出来ような?」

「ああ。出来る。今度は逃げないから、安心しておくれ」

 多分、人外の娘にとって海とは家。『甘く』とは結婚を指していたのではないか。
 ともかく、我が家の訓戒は、僕の代で終わりを告げた。


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