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すみのはさん

植物で季節を感じる時が好きです。梅、クチナシの香り、紫陽花の青紫、青紅葉の色など。寡黙ながら小さな世界に気づくとき、幸福感で満たされます。

性別 女性
将来の夢
座右の銘 夢中で生きることが生きて行く目的(宇野千代)

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波間の遺言

17/06/20 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 すみのは 閲覧数:199

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「柏木先生の遺言を、いただきに参りました」
 幾度この言葉を、きいただろう。大抵は日曜の朝十時。慣れたもので、私はすぐに母に取り次ぐ。来訪者は短いやりとり後、祖母がかつて使用していた部屋へと案内される。芸能人や著名人が、我が家の玄関先で落ち着きなく立っているのが奇妙ではあったが、祖母が残したのは物質ではなく、その人の運命とされる言葉、すなわち予言だった。
 祖母は客の来訪日時、名前を共に御朱印帳に書き記しており(生前、その日時は決められていた)、母はそれを音読するだけだったが、その後のありとあらゆる人の喜怒哀楽を、私は見てきた。ある女優は狂喜して母に抱きつき(後に出世作となるドラマが決定)、新進気鋭で当時女性人気が高かった政治家は憤慨し、怒鳴り散らしながら帰って行った(その後、収賄罪で失墜)。日曜の朝は決まって家の中が劇場のようだった。
 祖母は潮乃(しおの)といい、昔から近所でも評判の人だった。突出した予言のおかげで、遠方からの客も絶えなかった。基本お金は取らず、どうしてもと押し付けてくる人には抱えきれないほどの果物を渡して帰した。「頼まずともやって来る人に、見えたものを勝手に話すだけだから。土産だよ」と彼女は笑っていたが。客が持ち切れずに置いていった残り物のリンゴを頬張りながら、幼かった私は、釣り銭には果物も有効だと思っていた。そして何故我が家だけ毎日、こんなに客が多いのかも不思議だった。
 祖母が亡くなって、もう十年が経つ。実はこの不思議な能力は母方の血筋にあり、海に由来する名前と共に受け継がれてきたが、どの子にもというわけではない。能力は海の神様から授かったもので、出産前に名前が夢に出てくるの、と話す母は晴海(はるみ)といった。彼女は祖母とは異なり、過去を見るのが得意らしい。もっとも人見知りの母は、その能力を疎ましく思っていたようで、祖母の後継者とはならずに専業主婦の道を選んだが、一度だけ私のことを言い当てたことがある。二年前のことだ。母は一瞬はっとした顔で、唐突に口走った。
「不倫は疲れるわ。終わってよかったわね」
 何で…と言いかけた私に、母は寂し気に笑って背を向けた。あまりにも近いと見えない、と呟きながら。残念なことに私には能力がなく、祖母が「未央」という名前をつけた。海の香りは皆無だ。神様からの託宣のない私は、平凡でつまらない毎日を送るのか…と正直がっかりしたのも事実だ。実際、仕事も恋も中途半端な迷路のようだった。
 ある日の日曜、母が私を呼んだ。例の御朱印帳を持っている。
「今日の日付、あなたの名前が書いてある」と母は帳面を見せた。
『平成××年六月××日、未央へ 次頁に伝える』
 それは私の誕生日でもあった。驚く私に母は黙って帳面を押し付けると、祖母の部屋に私一人を残して出て行った。御朱印帳はその日が来ない限り、誰も見てはならないことになっていたので、母もその内容を知らない(能力で見ることはできたかもしれないが、可否は分からない)。文机と座布団、それに小さな桐の箪笥しかない簡素な部屋で、私はしばらく迷い、動揺していた。未来的中率の高さは、今でも来訪する人々からでも十分に知れるところだ。私の未来?もし、悪いものだったら…?逡巡の末、私はとうとう覚悟を決め、目をつぶって次の頁をめくり、ゆっくりと瞼を開けた。達筆だった懐かしい祖母の字が飛び込んできた。
『未央へ
 本来は「澪」と書くつもりだった。澪は「水脈」でもあり、船の道しるべとなる水路。海の名前をそのまま継承しなかったのは、お前には私よりも優れた力、生きる術と賢さがあるから。今、中途半端な人生を生きていると錯覚しているお前に、もう一つの名前を明かしたかった。未来は不安と期待を与え、過去は美談にも悲劇にもなる。私も晴海も、何と空虚なものを見ていることか。私は沢山の人に喜ばれ、憎まれた。晴海は、自分の能力から目を背け、無口になった。だからこそ未央、お前の能力は尊い。
 道を照らす己の力を信じなさい。嵐の日はそれが落ち着くまで。必要に応じて航路変更はいつでも。
 全ては始まって終わり、広がっては閉じてを繰り返す。まるで波のように。けれどそれは、今を生きる人間でしか見ることのできない醍醐味。どうか、私が決して果たせなかった普通で、素晴らしい人生を享受してほしい。あの世で、また会う日まで』 

涙があふれて、どうしようもなかった。
未央と澪。どちらも私で、祖母と母の血脈だ。
御朱印帳はこの一冊が最後で、以後、客足は途絶えた。
私宛の祖母の遺言には、こんな補足があった。

 追伸:未来を、ひとつだけ。子持ちシシャモとの火遊び後、熊がお前の優しい光に魅かれてやってくる。子熊は二匹。オスとメスの順。
 婚約者の苗字には「熊」の文字が含まれている。子供は未定だ。


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