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冬垣ひなたさん

時空モノガタリで活動を始め、お陰さまで3年目に入りました。これからも勉強を重ね、たくさんの作品を書いていけるよう頑張りたいと思います。 写真を撮り、絵も描きます。こちらでupするなかで、特に記載のない画像は冬垣の作品です。 ・ツイッター https://twitter.com/fuyugaki_hinata ・時空モノガタリでもお読みいただける、拙作「渋谷スイングバイ」の動画があります。 内容は同じですが、音声読み上げ朗読、エンディング付きです。 「softalk朗読渋谷スイングバイ」  https://www.youtube.com/watch?v=6nsb8bo8Egs (=は半角に直してください)

性別 女性
将来の夢 いつまでも小説が書けるように、健康でいたいです。
座右の銘 雄弁は銀、沈黙は金

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夏色アンセム

17/06/19 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 冬垣ひなた 閲覧数:179

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『事務の立花さんだ』
『存在感ないし、ちょっと気持ち悪いよね……』
 不意に届いた『心の声』に栞は腹が立ったが、結局胸の奥底にしまい込む。こんな気持ちでも、クシャクシャに丸めてポイ捨てしたら、世の中に嫌なことが溢れてしまう気がして。
 夏が近づき暑苦しいスーツを着た栞は、会社帰りの雑踏をすり抜けるように家路につく。


 不協和音にサンドイッチされた人々の思念が一斉に、栞の心に繋がるようになったのはいつからだったか。
『今日も駄目だった……』
『飯食いてぇ』
『眠い……!』
『来週のテストが心配だわ』
『特売の卵、買い忘れた!』
 ……栞は不快な声と音の氾濫を止める手立てもなく、意識をそらして足早に歩く。
 立花栞、23歳、独身。
 テレパシーというべきか、彼女の耳には他人の思ったことが『声』や『音』として届く。一方的に、包み隠さず。
 歩行者信号が青に変わると同時にメロディーが鳴り、人波から遅れた栞は我に返る。
 彼女は海の見えるこのちっぽけな街に生まれ育った。中学の頃いじめに遭い……こうなったのは、その頃からだったようにも思う。街を出ようにも、病弱な母を置いてはいけず、ましてやこんな非現実的な悩みを打ち明けられるはずもない。
 狭い檻に閉じ込められストレスで我を失う動物のように、先の見えない不安で、栞はちょっと泣きそうになった。


 そんなある日の帰り道だ、駅前の歩道橋の上から不思議な音が舞い降りたのは。


 ザザー、ザザザァー。
 最初は雑音かと思ったが、それは波打ち際の砂を洗う音だと栞は感じた。
 リーン、リーンと澄んだガラスの音。これは風鈴だ。
 あと、パタパタという音は、多分……団扇を仰ぐ音。
 それからたくさんの子供がはしゃぐ声。放課後のチャイム。かき氷を削る音に、カエルの鳴き声。他には耳慣れない、トゥクトゥク、テンテンというリズム。でも心の安らぐ思念がないまぜになって漏れ聞こえた。
 ……この人は、今、何を考えているのだろう?
 栞はふと気になった。
 歩道橋に上がると、一人の青年がアコースティックギターを抱え、雲一つない空を見上げていた。栞より年下に見える。
 彼女の姿を認めると、青年はまばゆい笑顔で白い歯を見せた。
「そこのお姉さんちょっと聞いていかない?」
 マコトと名乗る青年は、栞の答えも聞かぬうちに、早速ギターを弾き始めた。音色と重なるように、夏の日差しのような透き通った声が放たれる。
 最初は、元気なアップテンポが印象的なラブソング。次はゆったりしたバラード。揺るがぬ自信と、心に響く情熱があった。誰もが通り過ぎる中、私をいつもざわつかせる他人の声や音が急速に遠ざかってゆく。


「あ……」、音楽に集中している彼の心が、直接伝わって来て、私はマコトをまじまじと見た。
 その声に追いすがるように、さらに何重にも彼の『心の声』が響く。きっと人一倍練習してきたのだ。歌う事が好きだという気持ちが全身でこだましている。
 ……歌い終わると、マコトは何にも気づかぬように、まだあどけなさが残る表情で「元気出た?」と栞に尋ねた。


 それから、栞はよく会社の帰り道に、歩道橋の上のマコトのギターに耳を傾けた。少しずつ彼の演奏に足を止める人が増え、栞は嬉しくなった。
 それにマコトと出会ってからは、不思議と嫌な『心の声』が届かなくなっていた。
「いつかライブを開くのが夢なんだ」
「マコト君ならやれるよ」
「その応援、凄くプレッシャーだな」、言いながらもマコトは嬉しそうだった。
 このまま何十分の一、何百分の一の存在になったってかまわない。マコト君の歌、独り占めには出来ないよ。栞は彼を心の底から応援していた。


 ある日、マコトが興奮したように譜面を見せた。
「新曲、出来たんだ!」
 栞は、それを手に取った瞬間分かった。二人が出会ったあの日、聞こえた音のシャワーはこれだったのだと。
 あの日の音遊びが組み立てられ、ギターの弦から丁寧にはじき出され、新たなメロディーを作ってゆく。
「……俺さ、この曲がアンセムになれればと思うんだ」
「アンセム?」
「俺らを代表する賛歌、のような意味さ。絆って大事だよね、ちょっと歌ってみる?」
 

 譜面のタイトルは……『君と僕の故郷』。


 栞の中から、何かか溢れ出した。
 ずっと閉じ込めたままの心の声。
 広げてみたらまっさらな世界の音と、マコトの心の声に重なって、栞の胸に風穴があいたような清々しい空気が吹き込んだ。
 空も、海も、木々も。見慣れたいつもの風景が、ビビットな夏色を帯びて初めて見るような真新しさで輝いた。ありがとう、今日は故郷の生まれた日。
 真昼の太陽が、スポットライトより強く照らす中、栞は心を込めて歌いあげる。
 遮るもののない空が、今なら手に届くようだった。


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