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浅月庵さん

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救い猫

17/06/19 コンテスト(テーマ):第138回 時空モノガタリ文学賞 【 猫 】 コメント:0件 浅月庵 閲覧数:452

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 おばあちゃんがよく言ってたっけ。
「体が資本なんだから、健康には気を使いなさいよ」って。
 私はその言葉と今、真逆の道を辿っている。 

 地下鉄で自宅近くの駅に降りると、私はゾンビのような足取りで夜の闇に溶け込んだ。
 終電で帰ることができただけ、運が良いと思わなきゃ。
 それに明日はお休みだ。一日中ごろごろして、疲労回復といこうじゃないか。

 ーーデザイン業界に足を踏み入れた時点で、体を酷使することはわかっていた。
 
 だけど、予想を遥かに超えて私はボロボロで、帰りに立ち寄ったコンビニで立ったまま気絶する。右手に持っていたプリンを落としそうになったところで、他のお客さんと目が合ってしまった。
 それでも恥ずかしいという感情は湧くことなく、私は生きた死人へと再びなり下がる。

 会計を済ませレジ袋を片手に下げると、自宅へと向かう。

 するとなにやら、足元に違和感を覚えた。
 視線を落とすと、私の足に一匹の白い猫がしがみついている。野良だろうか。毛先が所々、まとわりついた土で固まっていて、不憫に見えた。

「ちょっと待ってて!」私は小走りでコンビニに戻ると、猫缶を買って戻ってきた。「どうぞ召し上がれ」
「ありがとう」
 そう言って猫は、パッと見シーチキンみたいなものをガツガツ貪った。どういたしまして、という返答が喉元まで出かかって、私は異変に気がつく。
「あんた今、喋った!?」
「はぐはぐ」
 白猫は食事に夢中だ。何日もまともにご飯を食べていなかったのだろう。
「ふふ、猫が人間と話せるわけないよね」
 さっきの人語はどうやら、私の空耳みたいだった。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした、って。えぇっ!?」
 猫は一度首を傾げると、右前足で口元を数回拭った。
「そんなにビックリしないでよ」
「なんであんた喋れるのよ! もしかして働き過ぎで、私の頭がおかしくなってる?」
「働き過ぎなのは間違いないけど。夕美子が今私と話せるのは、波長が合ってるからよ」
「波長?」いや、そこに疑問を持つのもそうだけど……。
「私は死んでいて、あなたも死にそうなくらい疲弊してる。その波長よ」
「いやいや、あんた生きてるし。てか、なんで私の名前知ってるの?」
「夕美子のことはこの数年、ずっと見てたわよ。あなた、少し頑張りすぎじゃない?」
「仕方ないでしょ。忙しいんだから」
「でもこのままいくと、心も体も壊しちゃうわよ」
 喋る猫にコンビニ前で、生き方を諭されている。なんだか変な気分だ。
「じゃあ、どうすればいいのよ」
「転職するのも手だと思うけど」
「簡単に言わないでよ。親に専門の学費払わせて、やっぱりこの業界無理でしたなんて……言えるはずないじゃない」
「それじゃあ、違うデザイン会社に就職する?」
「無駄だよ。どこに勤めても変わんない」異様な事態にもかかわらず、私は戸惑うことなく猫との会話を進める。「てか、さっきから猫の分際で、おばあちゃんみたいなこと言わないでよ!」そう口をついた瞬間、私はハッとする。

「夕美子のことが心配なの。誰にも相談できず、一人で抱え込んでるあなたを見てると、一言伝えたくてね」
 私は、柔らかな猫の顔を両手で包む。
「もしかして、おばあちゃん……?」
「あなたは責任感の強い子で、私は誇らしいよ。でもね、人生には選択肢がいくつもあるの。それを選ぶ前に潰れちゃったら、元も子もないのよ。人間、体が資本なんだから」
 おばあちゃんがよく使っていたフレーズ。今ならその言葉の有り難みが理解できる。

 そうなんだよね。ずっと前から私は、自分の限界が近いことを悟っていた。
 それでも、会社を辞めるということは“逃げ出す”ことと同意義だと自分に言い聞かせ、感情を押し殺すうちに自我を失っていった。

 だから、おばあちゃんの一言は私にとっての救いで、気づけば涙が頬を伝っていた。
 きっと私は、ずっと誰かにブレーキをかけてもらいたかったんだ。

 私は猫を抱え、自宅へと連れ帰る。
 シャワーで汚れを落としタオルで拭いてあげると、私は再びおばあちゃんに話しかけてみる。
「ありがとね。私、違う道も考えてみるよ」自分の前向きな言葉に思わず笑みが零れるけど、おばあちゃんはそっぽを向いて部屋の隅で腰を下ろした。まるでもう、ただの猫に戻ってしまったみたいだ。

 ーー私のおばあちゃんは、三年前に亡くなっている。
 もしかして、今この瞬間ようやく成仏したのだろうか。
 それとも、生きる力を取り戻した私と死後の世界のおばあちゃんとの波長が合わなくなって、会話できなくなったのかな。

 どちらにせよ、私は一度も猫を飼ったことがないので、とりあえず明日、動物病院に行かなきゃと思うし。

 この子に素敵な名前だって、私が付けてあげなくちゃいけないのだ。


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