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そらの珊瑚さん

🌼初めての詩集【うず】を上梓しました。  (土曜美術出版販売・現代詩の新鋭シリーズ30) 🌼小説や詩、短歌などを創作しております。 🌼作品を置いています。よろしかったらお立ち寄りくださいませ。 「珊瑚の櫂」http://sanngo.exblog.jp/14233561/ 🌼ツイッター@sangosorano 時々つぶやきます。 🌼詩の季刊誌(年4回発行)「きらる」(太陽書房)に参加しています。私を含めて10人の詩人によるアンソロジー集です。アマゾンでお買い上げいただけます。      ✿御礼✿「馬」のオーナーコンテストにご参加いただきました皆様、ありがとうございました。

性別 女性
将来の夢 星座になること
座右の銘 珊瑚の夢は夜ひらく

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ノーライフ・ノーミュージック

17/06/19 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 そらの珊瑚 閲覧数:207

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「こんばんは。あなたの思い出の音楽は何ですか? 冬鳥ムネオのノーライフ、ノーミュージックの時間です。残念ながら今夜が最終回です。三十八年もこの番組をやってこられたのは、聴いてくださり、又お手紙をくださったリスナーの方のおかげです。ご紹介させていただいた曲は延べ約千八百曲あまり。その曲のひとつひとつに、たくさんの方の思い出がありました。音楽のない人生なんてつまらない。人生は辛く悲しいことの方が多いかもしれない。だけど音楽のある人生の方が、ちょっぴりましかもしれません。
 さて、最後のお手紙をご紹介しましょう。東京都の匿名希望六十七才男性……偶然ですね、私と同い年の方からのものです。
『今から半世紀以上前の話です。当時私は小学校六年生。近所にスンジュさんという一つ年上の男友達がいました。私は一人っ子だったせいもあり、彼をスーさんと呼び、兄のように慕って大きくなりました。スーさんは野球が上手でした。だから私達のチームは負け知らず。といっても近所の空き地でやる草野球です。ホームベースにスライディングし、砂埃と汗で真っ黒に汚れた顔で笑うスーさんは、運動音痴だった私のヒーローでもありました。
 地元に有名な野球のリトルリーグがありましたが、スーさんは入団しませんでした。いえ、入団出来なかったのです。日本国籍ではなかった、それだけの理由でスーさんは入団を拒否されたとか。もしスーさんが入団していれば、あのチームは日本一の栄冠に輝いただろうに。
 そんな事が原因かどうかはわかりませんが、スーさんは進学した中学で野球部に入りませんでした。ワックスをかけて磨いていたグラブも部屋に見当たりません。その代わりにスーさんはレコードをかけて聴かせてくれました。私はそこで初めてレコードというものを見たのです。回るレコードに顔を近づけて慎重に針を落とすスーさんの真剣な顔を、今でもなぜか鮮明に覚えています。そこから魔法のように流れてきた音楽は、ビリーホリディの〈奇妙な果実〉という歌でした。ピアノの伴奏で歌う女の人の物悲しい声は、今まで私が聴いてきた音楽のどれにも似ていませんでした。正直それほどいいとは思いませんでした。私が遊びにいくたびにス―さんがそればかり聴かせるので、だんだん私はスーさんと疎遠になっていきました。それから半年ほど経った頃、スーさんが珍しく私の家にやってきたのです。私が小学校を卒業した春休みでした。『これ、おまえにやるよ』スーさんがあのレコードをくれました。スーさんは『俺、半島に帰ることになったんだ。行ったこともない国なのに、帰るっていうのもオカシイけどさ。父親が帰るって決めたから仕方ないんだ。どうすんだ俺、日本語しかしゃべれないのに』と云いました。スーさんは日本にいたかった。けれどもう日本には自分の居場所はない。そんな時でもスーさんは笑っていたと思います。あの時私は変声期で、誰に対しても無口でした。ス―さんにも自分のおぞましい声を聞かせたくなかった。ありがとうの一言も云えずに別れました。
 おそらくスーさん一家は、在日朝鮮人の帰還事業により船で朝鮮半島へ渡ったのだと思います。それ以降の消息を私は知りません。私がスーさんにもらったレコードはしばらく聴くことは出来ませんでした。家にレコードプレイヤーがなかったからです。高校生になり、アルバイトして貯めたお金でプレイヤーを買ってやっと聴くことが出来たのです。その時、歌詞カードに書かれてあった内容を読み、衝撃を受けました。奇妙な果実とは、樹に吊るされた黒人の死体のことだったのです。この曲が出来た時代、アメリカでは黒人というだけでリンチされ、殺された人がいた。凄惨な事実を歌っていたのです。
 美しい歌、楽しい歌、人生の素晴らしさを謳った音楽は世の中にはたくさんあります。けれども今私がたった一曲を選ぶとしたら、なぜかこの歌なのです。スーさんは今でも私のヒーローです。ありがとう』

 ――それでは、最後の曲をお届けします。ビリーホリディ、奇妙な果実」

 冬鳥はマイクのスイッチをゆっくりとオフにした。自分がラジオパーソナリティとして人生を歩んでこられたのは、この曲が原点なのだろうと思った。
 一か月前、咽頭がんだと診断され、手術しなければ命が危ういと医者に告げられた。手術すればおそらくしゃべれなくなるだろうとも。
 手術を受け入れ、番組を辞めると決めた時から考えていた。最後は自分の思い出を話そう、と。
 しかし、自分の話としてしゃべるのはなんとなく気恥ずかしいので、自分の話だということはあえて伏せたのだった。

 最後の手紙を書いたのが、冬鳥自身だと気づいたリスナーは少なくないかもしれない。音楽を愛する私のリスナーは案外侮れない。
 そう思った冬鳥は、いたずらが見つかった少年のように無邪気に微笑んでいた。


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