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滝沢朱音さん

♦️第2回ショートショート大賞・優秀賞 http://shortshortawards.com/results-2017/ ♦️『時空モノガタリ文学賞作品集#零』(書き下ろし含む3作掲載) https://www.amazon.co.jp/gp/product/4908952000/ ♦️時空モノガタリ入賞作「このP−スペックを、唯、きみに。」幻冬舎パピルス掲載 http://www.g-papyrus.jp/backnumber59.html ♦️Twitter @akanestor ♦️作品添付画像:『写真素材 足成』

性別 女性
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アラートの街、未完のレクイエム

17/06/19 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:3件 滝沢朱音 閲覧数:292

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 校門にたどり着いたとき、私は舌打ちした。時間がないけど家に戻らなきゃ。だってイヤーポッドをつけ忘れてきてしまったんだもの。耳に手をやり立ちつくしていると、同じクラスの男子が話しかけてきた。
「もしかしてポッド忘れた? スペア貸してやるよ。君も響の新曲、ダウンロードしたんだろ?」
「うん!」
 思わず二人で顔を見合わせ、微笑んだ。
 響って、私たち十代にとってのカリスマミュージシャン。T大学の医学部を卒業した彼の音楽は、確かな科学に基づき緻密に創作されていて、若者の死を最も鮮やかに彩ってくれると評判だ。
 私たちは美しいまま、逝ける。そう、響の最新曲をレクイエムにすればね。

 音楽は、聴く人の容貌を変化させてしまう。死の瞬間に聴いた音楽は特に。それが科学的に証明されたのは今世紀初めだって、教科書に書いてあったっけ。
 怖い話もたくさん聞いた。クラシックという古い音楽を聴いていた少女は老婆になったとか、デスメタルを聴いていた若者は鬼のようになったとか。
 だから私たちは、レクイエムばかり集めたイヤーポッド――死の瞬間は最新の一曲を流してくれる――を耳に装着する。効力テストをパスし、愛や感謝の言葉を重ねた、穏やかで清廉な曲。それがレクイエム。
 かつて騒音に近いまでのBGMを垂れ流していたという街も、レクイエム優先で今や無音だ。死と隣り合わせのこんな世の中じゃ、仕方ないよね。

 三限目の終わり、Mアラートが鳴った。近隣国からミサイルが発射されたという通知だ。机の下に身を隠した私たちのポッドからは、一斉にレクイエムが流れ始めた。両手を組み、祈る。他人事ではない。先月も隣の市がミサイルで全滅したばかりなのだ。
『♪共に紡いだ絆を忘れない この身が朽ちたとしても』 
 響の歌に集中しようとしても、やっぱり怖い。ふと隣の女の子に目がいった。先週転校してきたばかりの彼女は目を閉じ、口元を動かしている。
(……歌ってる?)
 やがて解除サイレンが鳴り、ミサイルは海に落下したとのアナウンスが流れた。顔を綻ばせる生徒たちの中で、彼女だけは表情が硬い。ショートカットからのぞくその耳に、ポッドはついていないようだ。
「もしかしてポッド忘れたの?」
 そう尋ねると、彼女は首を横に振った。
「私、つけないんだ。ポッドにはレクイエムしか入ってないから」
 彼女は髪を耳に掛けた。綺麗な耳朶があらわになる。
「だから、アラートが鳴ったら自分で歌うことにしたの。昔、母がよく歌ってくれた子守歌を」
 私は驚き、小さく悲鳴をあげた。
「そんな古い曲じゃ、死顔が……」
「どうでもいいの、死後のことなんて」
 彼女はきっぱりと言う。
「私の住んでた街は、ミサイルで一瞬で壊滅したわ。家族みんな、死顔どころか跡形も残らなかった。それなら死ぬ瞬間くらい、自分が本当に好きな音楽を聞いていたいって思わない?」

 好きな音楽≠チて、いったいなんなんだろう。
 そう言えば、おばあちゃんが言ってた。昔、音楽は丸いシートに入っていて、それはとても高価で、みんな好きな曲を一枚ずつ買って、大切に再生していたんだって。『歌は世につれ、世は歌につれ』って言って、歌はみんなの人生に寄り添うものだったって。
 現代の私たちにとっての音楽は、死の迫るこの世界でよりよく生き、美しく逝くためのアイテムにすぎない。響の曲を聴くと確かに癒されるけれど、それは、安心して聴けるという理由が主な気がする。
 夜十一時を回り、ポッドから通知音が聞こえた。登録してある響のチャンネルの更新時間だ。急いで受信する。
「響チャンネルを聴いていただきありがとうございます。さて、僕のレクイエムは今日が最後です」
 冒頭、響からの思いがけない宣言。
「実は僕の曲には、精神安定剤を配合しています。いつしかその割合は増え、今では麻薬成分さえ多量に含むようになりました。そうしないと審査にパスできなくなったからです。皆さんの死への恐怖を麻痺させるために」
 生中継らしく、ポッドの向こう側で「やめろ!」と制止する声が聞こえた。
「騙しててごめんなさい。最後に、僕本来の曲を生で歌います。『♪本当は生き抜きたい 僕らは未来を見たいんだ』……」
 震える音程は、彼の動揺の現れだろうか。そのワンフレーズが終わらないうち、銃声とともに歌は途絶えた。

 翌朝、ポッドのミュージシャン一覧に響の名前は無く、あれだけたくさんあった彼の曲も、リストから一曲残らず消えていた。私は慌てて、ランキング二位から繰り上がったアーティストの曲をダウンロードした。
 だけど、なぜか耳から離れないんだ、響のあの『未来を見たいんだ』というフレーズが。続きが聴きたくてたまらないよ。もしかしてこれが、好きな音楽ってことなのかな。

 ――ああ、またMアラートが鳴り始めた。


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このストーリーに関するコメント

17/06/19 滝沢朱音

参考: レクイエムは鎮魂曲か 日本語に定着した「名誤訳」
http://style.nikkei.com/article/DGXNASDB22005_S3A121C1000000

17/07/18 霜月秋介

滝沢朱音さま、拝読しました。
朱音さんの音楽に対する情熱が込められている作品だったと思います。衝撃的なラストでした。
「好きな音楽ってなんだろう…」
最近、私もよくそれを考えます。歌わせられてるのではなく歌いたいから歌っている声。偽りのない、自分のありのままの想いを、声を震わせてストレートに叫ぶ歌がきっと、人の心を掴むのでしょうね。
素晴らしい作品、有難うございます。

17/07/26 滝沢朱音

>霜月さん
コメントありがとうございます!
「音楽」っていうテーマ、一見書きやすそうで、かえって難しかったですね〜!
私にとって永遠のテーマです…☺

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