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micchoさん

「世の中はつまらない小説で溢れている」 「こんな小説なんかより俺の方が数段面白いものが書ける」 小説を書き始めるまではそう思っていました。 まずは全作家の皆さんに土下座して謝りたいです。 あなた方は偉大です。 ふとしたきっかけで小説を書き始めて早半年、 アイデアの乏しさ、ボキャブラリーの貧困さを日々痛感ながら、こうして駄文を量産している次第です。

性別 男性
将来の夢 小説でもプログラムでも、とにかく良いものを生み出したいと思っています。
座右の銘 名誉を愛するものは自分の幸福は他人の中にあると思い、享楽を愛するものは自分の感情の中にあると思うが、ものの分かった人間は自分の行動の中にあると思うのである。

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マザー

17/06/18 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 miccho 閲覧数:125

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 寝室の窓から差し込む朝日が眩しくて、ナオコはいつもより早く目を覚ました。窓の外ではツクツクボウシとミンミンゼミが夏の到来を告げていた。
 また、この季節がやってきたのだ。生臭い磯の香り、窒息しそうなほどの湿った空気。それら全てが、ナオコを陰鬱な気持ちにさせる。あれほど大好きだった季節は、今はナオコに真逆の感情を呼び起こさせる。

 朝食後、部屋の掃除に取り掛かった。以前使っていた掃除機の音をサトルが怖がったので、音の小さいものに買い替えたのだった。今となってはその必要も無いのだが、サトルとの思い出の品は、出来る限りそのままにしておきたかった。
 寝室の向かいにある子供部屋に入った。サトルが大好きだった戦隊ものの変身ベルトのほこりを丁寧に拭き取った。
「亡くなったお子さんの部屋をそのままにしておくのは、かえって良くないことです。自分の居場所が現世にあると、あの世に行きづらくなってしまいますから」
 葬式の後、住職からかけられたこの言葉に、強く反発したのを覚えている。
「ママ、ただいま」
 そう言って、ある日ひょっこり帰ってくるのではないか。いや、きっと帰ってくるはずだ。そのときに、自分の部屋がなくなっていたと知ったら、サトルはどれほど悲しむだろうか。それを思うと胸が締め付けられて、部屋をそのままにしておかずにはいられなかった。

 掃除を済ませ、散歩に出かけた。歩いて10分のところに、海がある。サトルの命を奪った海。でも、サトルが大好きだった海。気づけばこうして足を運んでしまう。

 その海は、海水浴客で賑わっていた。
 目の前を男女5〜6人のグループが下品な笑い声を上げながら歩いていた。茶髪の男が空き缶を投げ捨てるのが見えた。たまらずナオコは声を荒げた。
「ちょっと、あんた達。今空き缶捨てたでしょ。子供が怪我したらどうするの」
「あ?なんだこのババア」
 茶髪の顔が至近距離に迫った。煙草の臭いにナオコは顔をしかめた。
「海はみんなで使うものなの。マナーを守れないクズは来る資格なんて無いの」
「てめぇ」
「おい、やめておけ」
 茶髪はまだ何か言い足りない様子だったが、仲間に制されて引き下がっていった。

 あぁ、またやってしまった。注意するにしても、もう少し言い方はあったろう。私はいつからこれほど口が悪くなってしまったのか。
 サトルがいなくなってから、私の全てがだめになった。夫も愛想を尽かして出ていった。職場では皆が腫れ物に触るような態度で接していることにも気づいている。
 サトル、どうして私を置いていってしまったの?ママのイヤリングなくしたことなんて、もう怒っていないから。大好きなチーズハンバーグ、毎日作ってあげるから、帰ってきてちょうだい。サトル。サトル…。

 涙ぐんだナオコの視線の先に、一人の子供の姿が目に飛び込んできた。
 必死に浮き輪を掴むその子供は、とてもふざけているようには見えない。子供が溺れている!?。
 周りの大人はおしゃべりに夢中で気づく様子は無い。ナオコは着衣のまま海に飛び込んだ。下着まで侵食した海水が身体の自由を一気に奪ったが、そんなことはお構いなしだった。
「サトル!サトル!」
 気づけばナオコはそう叫んでいた。
 子供の居場所は幸い丁度ナオコの足の着く高さであった。ナオコは子供を抱きかかえると、浜辺へと引き返した。
 母親もようやく子供の状況を把握したらしい。青ざめた顔で子供の元に駆け寄ってきた。
「軽く海水を飲んでしまったと思うので、吐き出させてあげてください。もう目を離しちゃだめですよ」
 母親は恐縮しきった顔で、ありがとうございます、と何度も頭を下げた。
 ありがとう。その言葉を人から言われるのは、何年ぶりだろうか。サトルが海に溺れて亡くなったあの日以来、人に親切にする余裕など、ナオコには無かった。人の親切も、同情も、全てが鬱陶しかった。そして気づけば、重石がつけられたように心が沈んでいた。その心が、今、ほんの少し軽くなったのが分かった。

 その晩、ナオコは夢を見た。
 サトルと、夫と、三人で海に来ていた。
「ママ、貝殻のイヤリング」
 そう言ってサトルは、七色にひかる貝殻を、私の耳に当ててくれた。
 私はサトルを力いっぱい抱きしめた。

 目が覚めたとき、ナオコは自分が涙を流しているのに気がついた。
 昨日はちょっぴり良いことしたから、ママに会いに来てくれたのね。
 ナオコはそう直感した。

 ママも、頑張ってみるから。サトルの思い出にすがってしまうときもあるかもしれないけれど、強く生きるから。サトルの人生の分も、頑張って生きるから。

 窓を開けると、湿った空気とともに磯の香りが漂ってきた。ナオコはそれを、目一杯吸い込んだ。

(了)


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