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ひーろさん

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海辺の彼女

17/06/18 コンテスト(テーマ):第137回 時空モノガタリ文学賞 【 海 】 コメント:0件 ひーろ 閲覧数:241

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 ベンチにちょこんと小さく腰かけている彼女は、ほんとうに可愛かった。
 自動販売機で冷たい缶ジュースを二つ買って、彼女の待つベンチに戻る。
「はい、ソーダ」
 ふたを開けると、じゅわっと炭酸のはじける音がした。彼女は一瞬こちらに顔を向けただけで、なにも言わなかった。少し暑そうな様子で、シャツの襟元のあたりを時々ぱたぱたとさせているのに、僕の冷たく温かな思いやりを受け取ってはくれなかった。そして、なぜか彼女は、さっきからずっと満月を眺めていた。確かに、夜の海上に浮かぶ幻想的な光は、缶ジュースなんかよりも魅力的なのかもしれない。しかし、それを眺める彼女の表情は、どことなく不安そうだった。なにやら考え事をしているらしい。隣同士で座っているのに、二人の距離が途方もなく遠く感じられた。何光年とも感じられる、彼女との間に横たわる距離の大きさに打ちひしがれ、虚しい宇宙空間を何時間もさまよった。

 開けてから数時間経ったジュースは、炭酸が抜けていておいしくなかった。その上、彼女の分も飲まなくてはならなくなった僕は、苦々しい顔をさらしていたことだろう。一方の彼女は、相変わらず夜空の一点を見つめたまま、ほとんど動かなかった。彼女がすっかり上の空なものだから、僕はゆるゆると煙草をくゆらせながら、彼女の奥にある気持ちに思いを馳せた。

 出会った頃から、彼女にはそういうところがあった。つまり、妙なプライドをもっていて、誰にも相談することなくひとりで抱えこんでしまうのだ。そろそろ限界だろう。心が明らかに弱っている。そんなふうに考えると、彼女との距離がふっと近くなった気がした。僕は、彼女を守ってやりたいと思った。唯一の心の理解者になろうと誓った。

 夜の海辺はひっそりとしている。湿った波風の音が、途切れとぎれの静寂を連れてくる。その代わりに、不安も躊躇いも、波風とともに月の引力に吸い込まれ、遠くへ運び去られていく。自然はなんと神秘的で、偉大なのだろう。ほのかな月明かりが、彼女の美しい横顔をいっそう美しく照らし出す。もうじき、彼女は僕に寄りかかってくるだろう。僕にだけは、弱い部分を見せてくれる。僕は煙草の火をもみ消して、隣の彼女のことを、今か今かと待った。

 やはり、胸の弾むような楽しい時間は、あっという間に過ぎ去っていくものだ。僕は密かに、これから家に来るよう彼女を誘ったら照れて顔を赤らめるだろうか、などと考えてみる。

 穏やかな潮風が心地よい。ひゅうと風が吹く度に、彼女の髪の香りが鼻をくすぐった。そうしてくすぐられる度、たまらなく愛おしい気持ちが溢れ出た。そうだ。彼女が弱音を吐いてきたら、すかさず肩に手を回して、ぎゅうと抱きしめてやろう。それから、「大丈夫」と耳元で囁いてやろう。すると彼女は、「朝まであなたとこうしていたい」と上目遣いで見つめてくるに違いない……。そんな妄想を繰り広げる僕なんてまるで存在しないかのように、彼女はじっと夜空を見上げたまま座っている。それからしばらくは、満月を眺める彼女の横顔を眺めていた。

 結局、彼女はいつまで経ってもこちらを振り向いてくれなかった……。それでも、今夜は実に愉快だったな。
「さようなら」
 僕は心の中でそう呟いて立ち上がり、夜の海辺を後にした。名前も知らない彼女を残して。


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