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紫葵さん

小説家志望の高校生です。 未熟者ですが、どうかよろしくお願いします

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「一時の夢」

17/06/18 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 紫葵 閲覧数:149

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僕の彼女は、ストリートシンガーだった。
一本のアコスティックギターを片手に、路上ライブを繰り返す。平日の晴れた日に街角に一人、小銭入れを置いてそこで自分の思いを吐き出すようにして歌うのである。
正直なところ、ギターの腕も大してうまいわけではない。歌唱力が特別秀でているわけでもない。それでも、何かに渇望しながら歌う様は、僕にはとても魅力的に見えた。
「路上ライブ、やめようとは思わないの」
確か一度だけ、帰ってきた彼女に向かってこう聞いたことがある。
「えー、急にどうしたの?」
「だって、ずっと歌ってたって、そんなにお金もらえるわけじゃないだろ」
「まぁ、それはそうなんだけどね」
ギターを肩から外しつつ、彼女は苦笑いを浮かべて見せた。
「私のギターや声がうまいわけじゃない、っていうのはずっと前から分かってたんだ。平凡で、地味。それが私の弾き語りだって。お客さんに、「個性がない」、「面白くない」って直接言われたこともあったっけな。「やめろ、耳障りだ」とも言われたことあるよ」
「そんな言われてもやるのか?」
「うん」
彼女の精神が、心底理解できなかった。身がよじれるまでの罵倒を受けてもなお、あの笑顔で歌を歌おうとする精神が。
「……訳分かんない、って思ったでしょ」
はっ、として顔を上げると彼女は悪戯っぽく微笑んでいた。
「いや、別に僕は」
「嘘吐かなくたっていいよ、顔に出てるし」
慌てて頬に手を当てる。すると彼女はくすり、と笑った。
「ほら、動揺してる」
くそ、嵌められたのか。僕は顔を顰めて見せる。
毎度のことだが、僕はいつも彼女の手法にまんまと嵌まる。それが可笑しいのだろう。
「そう思うのも仕方ないよね。実際、私自身も未だにストリートシンガーを続けてる事、気が狂ってるのかなって思うことがあるもの」
「それでもね」と彼女は続ける。少し語調が下がった。
「小さい頃、私の叔父さんが歌手を目指してたんだ。ギター一本で街を歩いて、そこで自作の歌を歌うの。お父さんは、叔父さんのこと「ろくでなしの弟を持った」って、ずっと馬鹿にしてた。「出来損ない」って、お祖父ちゃんも言ってた。それでも、叔父さんは諦めなかったの」
彼女の話を、僕は黙って聞いていた。この話の中に、彼女の心の何かが見えた気がして。
「一度だけ、私のためにライブをしてくれたことがあるの。私の誕生日プレゼントに、ってことだったっけなぁ。その時の叔父さんは、きらきらして見えて。お父さんやお祖父ちゃんの言うみたいに、本当に歌手に慣れるまでの力ではなかったとは思う。それでも、楽しそうにギター弾いて、歌を歌ってる叔父さんは、私の目には一人前のミュージシャンにしか見えなかった。」
彼女がギターを指ではじく。ぽろん、と年季の入った音が鳴る。
「その3年後、叔父さんは急に私たちの前からいなくなったの。大事にしていたこのギターと沢山の楽譜を、残したまま」
言葉の余韻が、ゆっくりと部屋に溶け込んでいく。かちりこちりと壁掛け時計が時を刻んだ。彼女の、息を吸う音が聞こえた。
「叔父さんの行方は今でも分かってない。……だからこそ、私が叔父さんの意思を継ごう、って。周りに理解されなくっても、どんなことを言われても。私はいつか認めてもらえる歌手になろう、って。そんなわけだら、私は弾き語りをやめられないんだ」
彼女の笑顔。
「そうだ、この際だから叔父さんの残した曲、あんただけに披露してあげるよ。特別メドレーでね」
「あ、嗚呼」
彼女は気づいているだろうか。
頬を滴が伝って、その顔が泣き笑いになっていることなど。

「じゃあ、行ってくるね!」
次の日の日曜日。彼女はギターを持って玄関に立っていた。
「今日は、活動日じゃなかっただろ?」
「いいのいいの。昨日の話したら、もっと頑張らなくっちゃって思って」
「そっか、頑張れよ。応援する」
「ありがとう!」
溌剌とした笑顔の彼女は、僕に手を振ると、玄関の扉を開け放ち走り去っていった。

散らばった楽譜に、落ちたギター。
書き損じの楽譜を机の上に、あの日から君は姿を消した。
何処に行ってしまったのかは分からない。
聞こえてくるメロディ、思い出される高い声。
最後に君が奏でた音楽はどんなものだったのだろう。

嗚呼、サイレンの音が五月蠅い。


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