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犬飼根古太さん

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性別 男性
将来の夢 どれだけ掛かっても作家になることです。
座右の銘 井の中の蛙 大海を知らず されど、空の深さを知る

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まちがいというあまい理想のなかに、いきている

17/06/18 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 犬飼根古太 閲覧数:183

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 声をかけようとして、名前を思い出せずとまどって、逆に声をかけられて親し気にされてもやっぱり思い出せず、笑ってごまかして、そっとため息をつく。
 同窓会の会場についてから僕はそれを繰り返していた。何度目かのため息をつき、ちょっと余裕が出てきて辺りを見回してみると、そこかしこに今の自分みたいな対応をしている人がちらほら。
(しゃーないよな……久しぶりだし……)
 どこか懐かしい顔立ち。微笑みかけられた瞬間感じるデジャビュのような感覚。思い出を揺り動かすような不思議な自然な距離感。
 橙色の柔らかな照明の中、男女が行き交う。貸し切りにされた家庭的イタリア料理の専門店は広々とした店内が狭く感じられるほど人で溢れていた。聞いていた通り、全員参加とはいかず、集まった者は意外と少ない。それでもこうして一挙に集まると、ざわめきがかつて通った教室を連想させた。
 僕はチラリと視線を動かして、一人の女性を見た。紺のドレス風の洋服をまとった彼女。もう何度もチラ見してしまったので目をつぶっても思い出せそうだ。
(昔はスカートなんてはかなかったのになぁ……)
 感慨に耽る。もし彼女に言えば、昔っていったいどれだけ昔のことよ? と笑われることだろう。
 話しかけるか、話しかけないか。
 迷う。
 名前は――憶えている。
 それどころかこの会場に来る時に、幹事についうっかり「サバさんも来るのか?」と尋ねてしまったほどだ。ちょっと親しかったお調子者の級友は、かつての彼を彷彿とさせるような快活な笑い声を上げてから、もったいつけて「来るぞ」と教えてくれた。
 感謝よりも照れの方が先立ち僕はぶっきらぼうに電話を切ったのが、つい昨日のことのように思える。

 会場には音楽が流れていた。
 昔合唱コンクールで歌った課題曲だ。ちょっと前は校歌が伴奏のみでかかっていた。幹事のやつは気が利くやつなのだ。
 久しぶりの再会でちょっと話題に困っていたそこかしこにいた級友達は互いの共通の話題を見つけて微笑み、会話を滑らかに始めた。
 僕は一人。
 別にクラスメイト達と仲が悪かったわけではないが、ちょっと病弱で授業を休みがちだったのだ。
 合唱コンクールの時もそうだった。
 みんなが放課後残る中、僕だけは親の車に乗って病院に学校から直接向かったりした。
 サバさんと話したのはそんな日々の中、合唱コンクールの前日だったように思う。
 一人。今いるセピア色に照らされた店内のような、夕日の教室。
 その誰もいない教室の隅で、僕は小声で合唱コンクールの歌を、たった一人で練習していた。

 ――そんな懐かしい思い出に浸り、軽く口ずさんでいると、ふいに声をかけれた。
「――その歌詞……間違ってるよ?」
 まるで白昼夢から抜け出たように、大人びた外見と違って、彼女の声は、幼い頃のままだった。そりゃそうか、と僕はすぐさま頷く。男と違って女は声変わりしない。外見ほど声が変わってなくて、当然なのだ。
 耳に音楽のように響いた心地よい声に、僕は振り返って、微笑みかけた。ちょっとぎこちない――そんな笑顔になったことを頬の微妙な引きつりで感じる。
「あ! その顔、懐かしい!」
 いきなり上がったサバさんのテンションに、僕はとまどった。
「何が?」
「ほら、昔……」
「ああ……」
 昔、声をかけられた時も、突然のことに僕はとまどったのだ。たぶん。うっすらとだがそんな記憶が蘇ってきた。
(それにしてもよく覚えてるな)
 サバさんは記憶力がいいのかもしれない。
 元気してた? 見ての通りさ。休日は何してるの? 仕事疲れで家でごろごろかな…………。
 そんなどうでもいい話題を繰り返すうちに、呼吸の間というか、心の距離というかが、適度なものに落ち着いていくのを感じていた。
 柔らかな橙色の照明が、セピア色の夕暮れの教室を思い出させる。同窓会の集まりのざわめきが、放課後の校庭を走り回る運動部の掛け声などに聞こえる。
 ――あぁ……自分は間違ってる――
 ――そう感じる。
 ここは教室ではないし、僕はもう学生でもなんでもないのだ。
 彼女の左手の薬指から視線を外し、今度はぎこちなくならないように意識して笑った。
 結婚おめでとう。ありがとう。そっちは。まだかな。いい人いるの? さてどうかな?
 またどうでもいい会話を繰り返す。サバさんはちょうど会話の途切れた辺りで、仲の良かった女達に声をかけられて輪の中に戻って行った。
「あの時は間違えていたけど、今はわざと『間違って』たんだ」
 あの課題曲の終わった店の中、僕はつぶやいた。
 あのセピア色の教室でサバさんの周囲はキラキラと輝いて見えた。あれはきっとただの埃だったろう。けど輝いていると誤認したのだ。
 風に舞う埃が光の粒子に見えるように……。
 これからも間違い続ける。


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