1. トップページ
  2. 音楽はご飯の代わり

駿河 晴星さん

性別
将来の夢
座右の銘

投稿済みの作品

0

音楽はご飯の代わり

17/06/17 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 駿河 晴星 閲覧数:189

この作品を評価する

白と黒の階段を、高速でかけ登る。途中で止まることは許されない。失速した瞬間、音楽が死んでしまうから。巨大な木の板が振動し、低音が唸る。乾いたシンバルの音がそれに追従し、スネアのアクセントが和音と絡み合う。
ああ、なんと心地よい。
ピアニストの合図を受け、端で待機していた大柄の男が真ん中までやってきた。金色に光る相棒は、男が持つと小さく感じられた。ベルがこちらを向く。真っ暗な穴に吸い込まれそうになる。けれども『無』であるブラックホールとは違う。この暗闇から、無数の音が生み出されるのだ。ほら、今もまた、ざらざらとした特有な音が、姿を現した。ピストンの上で、3本の指が踊る。ベルの先を見つめる男の目は湖の水面のように穏やかだった。
終わってしまう。
よく知ったメロディーが耳に入る。寂しい。まだ続いてくれ。永遠を望む聴衆の熱気が膨れ上がる。けれどもステージの上は、別次元の世界が広がっている。目には見えているけれども、客席と交わることは決してない。音を出している者だけが感じられる、特別な、不可侵の世界。彼らは、彼らのために音を奏でているのだ。その世界に憧れながら、少しでも体感しようと足で地面を蹴る。指でテーブルを叩く。おいてけぼりをくらわぬよう、必死に。
カデンツァが続く。音数が減る。ベルが上を向く。
合図だ。
男が相棒を振り下ろすのと同時に、シンバルが鳴り響いた。ピアノとベースのトレモロがこれでもかと続く。最高潮に達したその瞬間を狙って、ドラムが締める。一瞬の静寂のあと、拍手が鳴り響いた。割れんばかりの喝采だった。ようやく、ステージと客席の次元が繋がった。
終わってしまった。アンコールだったのに。
2度目のアンコールをすることはないだろう。メンバーが楽屋に引っ込むと、少しして客席が明るくなった。終演のアナウンスが流れ、人々がまばらに立ち上がる。夢のような空間が終わりを告げる。時計は23時を指していた。
そういえば、今日は昼以来ご飯を食べていない。
会計の列に並びながらふと思い出したが、帰りにどこかに寄ろうという気は起きなかった。胸がいっぱいだった。いま、何かを体内に取り込めば、せっかく溜まった音が出ていってしまう気がした。
今日はまっすぐ帰ろう。そして、布団に入りあの2時間について振り返るのだ。
きっと今夜は、幸せな夢をみるに違いない。


コメント・評価を投稿する

コメントの投稿するにはログインしてください。
コメントを入力してください。

このストーリーに関するコメント

ログイン
アドセンス