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榊真一さん

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ダムで出会った彼女

17/06/17 コンテスト(テーマ):第108回 【 自由投稿スペース 】 コメント:0件 榊真一 閲覧数:254

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とある大きな国道を、私は白いバンで北上している。
3か月に一回、会社の燃えないゴミを処分するために広域清掃センターまで行く習慣が有る。

実家に放置してあったこのバンも私が乗るようになってからは幾分か機嫌を取り戻した様子だ。

ごみの処理は何時ものように事務的な作業にて終わる。

見た目よりも重量で金額が決まるので沢山捨てた割には払う金額は先程買った煙草とエスプレッツソカフェ
の金額位。
只、書類に名前を記入する時はやはり戸惑う。

1年前から元の名字に戻ったから、今まで婿に入っていた元嫁の苗字を書こうとしてしまう。
車の登録番号もナンバーを確認しないと覚えていない。


社会人になってから、私は自動車の競技で有るスラロームの同好会を仲間と立ち上げ
その時に現れたのが元嫁である「佑香」であった。
仕事の制服であるのか、長い黒髪を後ろで束ね、前髪はセンターから程良く垂らし、黒い縦縞のスーツ、
それをすべて外すかのような白いスニーカー姿。
車は彼女のスニーカーのような白い1Lの国産車。
車はオーディオレスで内貼りもリヤシートも無く、ロールバーまで入っている。
こんな女性がこんな気合入れた車に乗って来た事に私達は狂喜して居ると彼女は申し訳なさそうに話す。

「友達に聞いて来たんですが、私って一人で山奥を走っているだけだから、でも仲間って欲しいんです」

仲間か、仲間って言われると嬉しいけど、今の私にこの女性は性的な対象である想いが強い。

ジムカーナの経験が無い彼女の為に私は進んで個人コーチをした。
その後は何時もの如く彼女が一人で走っていたというダムを見渡す道に付き合わされる。

「此処はねえ、冬の3ヵ月だけは走れないんだけど、そのほかの時期は貸切だから」

助手席で4点ベルトを締める私、この場所は怖すぎる、、左は切り崩した壁で右はダムの中。。。
コントロールを失えば右に落ちるか左に激突するしかない、、

「まあ、私は毎日のように走っているから大丈夫よ」

確かに少し心得の有る私から見ても、彼女の走りは無理しないが安定して速い。
おそらくでは有るが相当走りこんでいるのだろう。

2周を廻った後、彼女は自動販売機が有る管理事務所のパーキングに車を入れる。
それにしても楽しそうだ、私は2つの缶コーヒーを買い彼女のもとに戻る。

「此処はねえ、季節によって景色が凄く変わるのよ、だから何時も此処に来ているの」

確かに、車の車窓からは分からなかった景色が此処からだとよく見える。

「佑香さんは、此処でずっと走っていたんだ、、、変わった子だよ」

確か、この場所では沢山の事故が有ったはずだ。
それから規制が強くなり、色々な所に車速を抑えるための仕掛けが有る。

彼女はその仕掛けも知りつくして走っているという訳か。
とは言えこの場所で深夜に走る事は十分に危険だ、私は彼女の身を案じて意見する。

「ジムカーナだったら安全だよ、此処は幾ら何でも危険すぎるよ」

佑香は私の要求を聞き入れて、ジムカーナ以外では走らなくなった。
そんな従順な彼女に恋心を抱くのは当然である。

私は彼女に似合うような黒い革のロングブーツを購入しこれをプレゼントとした。
彼女はそれに戸惑いながらも喜んでいるのか複雑な表情をする。

「こんなヒールが高いブーツなんて履いた事が無いから、歩けないし、車も運転できないじゃあない」

そんな事は何の問題も無いじゃあないか、俺と会う時だけこのブーツを履けば良いんだから。

「車は俺が運転するし、歩きにくかったら俺に掴まっていれば良いよ、それが俺の希望だから」

佑香に連れられてご両親とお会いしたのはその半年後だった。

その頃には佑香も一人で様になる歩き方をして、車も赤い輸入車に買い替えていた。

彼女の父親はこの街でも有名な社長である、、私の緊張は限界であった。

「君が浩介さんと言うのか、まあ緊張しないでご飯でも食べなさい」

私の緊張は収まる事を知らず、一応食事をしていたが何を食べていたかは覚えていない。

「浩介さんはこの家に婿として入る事に何も後悔は無いのか」

私は思うがままを話すしかない

「佑香さんの希望は私の希望と変わらないです、苗字が変わる事に後悔はしていません」

ふと見降ろした佑香さんのロングブーツはつま先を傷つけるように重ね合わせている。



私の実の父もこの街で印刷会社を手掛ける社長で有った、
兄は専務として後継者となっているため。父も母も、この話には喜んでくれた。

「浩介も、、立派な家に婿に行けるんだなあ、でもこの家も忘れるんじゃあないぞ。。。」

「会社が危なくなったら借金に行くからその時は宜しくね、まあそれも無いけどね笑」


其の後、佑香は更に家庭的な性格を見せるようになる。
私もそれまで勤めていた派遣会社から彼女の父親が経営する商事会社の総務として働くようになった。

「出来てから時間が経つとね美味しくないから」
と、立派なお弁当箱に入れた食事をお昼休みの前に持ってくるようになっていた。
私はこれを社長と佑香を交えた3人で食べる。
「浩介君も最初はどうかと思ったが、仕事熱心だから助かるよ」

「お父様、私は浩介さんが仕事好きって最初から分かっていましたよ」

なんと、平和な空気であろうか、その頃には私の苗字も変わっていた。

「そろそろ、、あれだよなあ、、、後継ぎを、、、なあ、、、お父さんは待っているんだよ」

佑香は私を見つめて顔を赤らめる

「浩介さんも少し趣味のジムカーナを控えて貰えば、私との時間も作れるから、良いんですけど」

私はその言葉にてジムカーナを辞め車もハイブリッド車の3枚ドアにした。
見た目だけのスポーツカーに何も心は動かなかったが、、私にはもっと大切なものが有る。




そのまま幸せで何不自由ない生活、これも私の道だと思っていた。

決まった時間に来る彼女が来ない事を不安に感じた私は3階の窓から外を見る。
会社の前の道路には10人ほどの人だかりが出来ている。
私は走ってその人だかりの中に入る。

中に倒れているのは紛れもなく佑香ではないか。
私がプレゼントしたロングブーツに守られた脚は大丈夫そうだが、、
どう見ても腕が違う方向に曲がっていて、口からは血と泡らしきものが出ている。

そう、佑香は何時ものように会社の前にあるコインパーキングに車を停めて
大きなお弁当箱を持って歩いてくる途中、わき見運転の車に跳ねられたのだった。

道に転がっている黄色と灰色の物体は彼女の一部であろうか、、、
良く見ると重箱の中身である、私はその物体をそのまま押し込み、救急車に乗り込む。

「このまま近くの病院まで搬送しまして、医師の判断を仰ぎます」

何もしない所を見るともう彼女は亡くなっているのだろう。

それにしても寝ているようにしか見えない佑香。

病院に彼女の両親が駆け付けた時にようやく私はその現実を知る。
只、この冷たい空間に居る佑香は私の知っている彼女なのか。

私は重箱に有った砂で汚れた出し巻きを手で掴んで食べる。
佑香のぬくもりがまだ感じられる想いで砂ごと口に入れる。

「佑香の出し巻きは今日も最高だよっ」

その私の様子に彼女の両親も泣き崩れている。

その後も仕事はそつなくこなした、只一人になると佑香が好きだったウオッカトニックを
飲み続け、最後にはボトルに口を付ける始末。

其の後両親たちの勧めもあり実家に戻った私。
仕事はそつなくやるが、一人になるとやはり思い出の場所に行くか、酒を浴びる毎日。


会社のバンでごみを捨てた後は近くにあるダムまで車を走らせる。

ダムに向かうと駐車場に一台の黒いスポーツカー
その前には黒のロングブーツを履いた綺麗な女性が居る。

こんな所でひとり景色を見る女性もかなり変わっているなあ、
車も綺麗に手入れされているが20年ほど前の車種ではないか、私の今のハイブリッド車の原型か。
私は彼女が気になって仕方が無い、佑香との思い出を湖に向かって話すだけで良かったのだが。。

「お姉さん、此処の景色が好きなんですか」

振り向いた彼女は、微笑んで言葉を返す。

「この車が好きでこうやって一人で此処に走りに来ているのよ」

佑香みたいな女性が他にもいるんだ、それにしても相当の車好きなんだろうなあ

「お姉さんの車は子供の頃欲しかった車なんですが、今はその後継車とも言えるハイブリッド車に乗っています」

彼女は美しい脚線を見せびらかすように足を組みロングブーツを見せびらかす、
その光景に私は唾を飲み込む。

「へえ、後継車なんて有るの、今晩でも乗って来てよ1900位から此処に居るから」

実家である会社に戻っても私は腫れもの扱いでしかない、、仕事は存分にやっているのだが、、何処で何をしていても誰も何も言わない。
私は会社に戻りハイブリット車でダムに向かう。

佑香を失ってからと言うもの私はろくに食事を摂った覚えが無い。
会社では普通に社食で食事をするがあれは栄養補給の意味だけである。
どうしてもめまいがする時はおにぎりを一個食べる位。

ダムには彼女が先に来ていた。
姿は少し替わっていて、黒のピンヒールブーツに白地にチェックが入ったスーツである。
ストッキングは少し派手な水玉模様。

「へえ、確かに姿と名前は似てるわよねえ、でもハイブリットは乗った事が無い」

何を言っているんだこの女、、、浮世に興味が無い大金持ちか。

「お姉さん、半分エンジンで半分モーターで動く車ですよ」

彼女は興味深そうに勝手に運転席に座る

「へえ、宇宙船みたいじゃないの、、こんなに派手なメーター廻りなんだ、まあ良いや一周するわよ」

私は渋々助手席に乗り彼女の運転を眺める。。。
CVTとは言え、ピンヒールのブーツでこれだけ飛ばす彼女は何者なのだろう。

「ふうん、今ってこんなんなんだ、私には愛車の方が向いてるかも」

しかしまあこの車でこれだけの速さで走らせると只物で無い事は間違いない。

「お姉さんは何かのプロレーサーですか、名前も知らないし貴方の事は何も知らないんです」

その言葉が終わる前に彼女はサイドブレーキを引き車体を反転させる。

彼女は私の顎に手をやり優しく囁く

「右に行くと貴方が一人で山に激突するの、左に行くと私と仲良くダムの底に沈むの、
どちらにしてもこの世から貴方は居なくなるわね、選ぶのは貴方の自由よ」

選択肢よりも憔悴した私には一つの希望しかない。

「どちらでも良いけど佑香に会いたい、私は佑香無しでは生きていけないんだ」

彼女はウイッグを外して私を見つめる。

「自分が買ったロングブーツも忘れたわけ、佑香は此処で貴方と会えればそれだけで良かった」

私は躊躇なく車をダムの水面に着地させた。

「佑香、又あの出し巻きを食べたいよ」

彼女は私を見つめて微笑むのみであった。


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