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比些志さん

ペーソスとおかしみの中にハッとさせられるなにごとかをさり気なく書いていきたいと思います。

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懐かしいメロディ

17/06/17 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:0件 比些志 閲覧数:110

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どこかで聴いたメロディだ。
でもどうしても思い出せない。

その甘美で哀愁に満ちた歌声は、リビングから流れてきた。
オレは自分の部屋のベッドの上でまどろみながら、それを夢うつつに聴いている。

遠いむかし、大好きだった人たちといっしょに聴いた音楽なのだが、題名もいつどこで聴いたのかも思い出せない。

「おはよう」
ボクが小さな声でそう言うと、テーブルで新聞を広げているお父さんが、ボクの目を見てやさしくうなずいた。すぐにお母さんもカウンターキッチン越しに笑顔をのぞかせて、おはようと言った。
「この音楽なんだっけ?」
お父さんは、じっと新聞に目を落としながら一瞬息をのんだように見えた。お母さんは、目をパチクリさせて、
「むかし、お父さんとお母さんが、結婚したころによく聴いた音楽。アンリ・デュパルクの歌曲だけど、どこかで聴かせたかしら?」
「きっとお腹の中で聴いたんじゃないか?」とお父さん。
「そうね、きっとそうかも」
二人は顔を見合わせて笑うが、その微笑ましいはずの様子がボクにはどうしもなく腹立たしく感じられた。

ボクは、なにも言わずに、洗面所にむかい、蛇口をいっぱいにひねった。そして冷水で顔を乱暴に洗うと、急にちらばっていた記憶のピースが頭の中でひとつに重なりはじめた。

……そうか、思い出したぞ。オレが死ぬときに聴いた曲だ。ワイヤーで首を絞められ、遠のく意識の中で最後に耳にしたメロディだ。

そしてそのメロディといっしょにセピア色にあせたスチル写真の映像がフラッシュバックのように頭の中に明滅した。それはいずれも、こめかみに青筋を立てながら鬼の形相でワイヤーを握りしめる男と、そのかたわらでツバを飛ばしながら男を必死にけしかける若い女のあさましい姿だった。そして、すぐにオレは、それが無二の親友と最愛の新妻との残酷な別れの情景であることを知り、思わず顔を覆った。

……オレはこの世でもっとも信頼していた二人に虫ケラのように殺されたのだ。

オレは、怒りと悔しさで、唇をギリギリとかみしめた。

……ということはオレは亡霊かーー。

しかし、オレは、自分の口の中に血の匂いと痛みが広がるのをたしかに感じた。

……いや、オレはたしかに生きている。手も足もある。幽霊じゃない!

そこで顔を上げて鏡を見た。
鏡には血色のいい生きた人間の顔が映っている。しかしそれは、オレの顔ではなかった。そもそも子供の顔だ。

……するとオレはさっきダイニングにいた男と女の子供か?それにしてもあの二人、どこかで見たことがある。……

リビングから流れる陰鬱なエピローグのピアノのメロディに耳を傾けながらオレはからまった記憶の糸をひもとく結び目をさがした。そして「あっ!」と思わず声をあげた瞬間、オレはオレ自身の意識を失った。

ーーふーん、そっか。じゃあ、ボクは父さんと母さんに殺されたんだ。この家もボクの保険金で建てたってことか。

ダイニングにもどったボクは、子供らしい晴れやかな笑顔で、母親に聞いた。
「で、この曲の題名はなんていうの?」
「たしかーーアンリ・デュパルクの、『前世』だったかしら?」了


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