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日向 葵さん

「ひなた あおい」と申します。 小説を書きます。 よろしくどうぞ。 twitter@aoi_himata_21

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コーヒーミルに愛を込めて

17/06/17 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:6件 日向 葵 閲覧数:226

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 日曜の朝、入口のカウベルが鳴って、彼女は店にやってきた。
 ドア窓にはまだCLOSEの文字を掲げているので、店内に客はいない。

「おはようございます、早いですね」
「おはよう、コーヒー貰える?」

 そう言って彼女はいつものカウンターテーブルに座った。
 別にコーヒーが好きだったわけではない。実家の喫茶店を兄が継がないと言ったので、僕が継ぐことになっただけのことだ。
 アンティーク調のケトルに純水を入れ、火にかける。一粒一粒、愛を込めて焙煎したコーヒー豆を掬い、コーヒーミルに入れる。木製ハンドルをゆっくり回すと、豆は砕かれ、粉となり落ちる。その快音と共に、芳醇で少し燻った香りがふわりと僕らを包み込んだ。

「ねぇ、何かかけてよ」
「コーヒーにですか?」
「違うわ、音楽よ」

 彼女は愉快そうな笑みを浮かべ、店内の隅にあるレコードプレーヤーを指差した。

「ああ、そっちですか」

 粉になった豆をペーパーフィルターに入れ、ケトルの湯を注ぎ、湿らせてからカウンターを出る。古いレコードプレーヤーには薄い塵埃が積もっていた。まだ音は出るだろうか。

「何がいいですか?」
「おまかせするわ」

 溜息を短く吐いて、ラックに並んだタイトルを吟味する。そして、僕は一枚のレコードを手に取った。プレーヤーに乗せ、針を落とすと、落ち着いたメロディーの英詩が、少し籠り気味に店内に流れ出した。

「この曲好きかも」
「それなら良かったです」

 鼻歌を奏でる彼女は歌詞の意味を理解しているのだろうか。そんなことを考えつつ、カウンターに戻ると、蒸らしていたコーヒーは少し乾き始めていた。
 どうやら時間をかけ過ぎてしまったようだ。
 二階から足音が聞こえる。

「お待たせ、行こうか」

 身支度を終えた兄が実家の二階から降りてきた。

「おそいわよ」

 彼女は頬を僅かに膨らませて、カウンターテーブルから立ち上がる。

「それじゃあ行ってくる。店よろしくな」

 兄は爽やかにそう言って、彼女の手を取り、カウベルを鳴らした。

 兄達が出払ってから、僕はレコードを止めて、CLOSEの文字を反転させる。

 彼女は知らない、僕が日曜日だけOPENの時間を遅らせていることを。
 彼女は知らない、うちの店は普段手挽きなどしないことを。
 彼女は知らない、僕が甘ったるい英詩のラブソングを選んだ意味を。

 蒸らし過ぎた粉に湯を注ぐ。カップに口を付けると、苦味だけが舌に伝わり、芳醇な香りは霧散してしまった。





 ドア窓にはCLOSEと掲げられているが、私はいつも通りドアを押し開ける。普段は9時オープンらしいが、日曜日だけは10時に開く。普通逆だと思うのは私だけだろうか。

「おはようございます、早いですね」
「おはよう、コーヒー貰える?」

 エプロン姿の彼とカウンター越しに挨拶を交わす。
 別にコーヒーが好きなわけではないが、いつもそうしている。
 ふと、店の隅にレコードを見つけた。興味本位で何かかけてと聞くと、彼はコーヒーに何をかけるのかと返してきた。可愛らしい勘違いに思わず笑みがこぼれる。

 彼の選曲は意外だった。その甘ったるい英詩は、店の雰囲気に沿わない気がしたが、メロディーはとても心地良かった。彼はこういった曲が好きなのだろうか、それとも…。
 曲に聞き入っていると、上から喧しい音が聞こえてきた。
 少し時間をかけ過ぎたようね。
 二階からあの人が降りてきた。

「お待たせ、行こうか」

 何がお待たせだ。彼はいつも支度が遅い。女の私より遅いのは単に時間にルーズで、我儘なだけだ。デートの待ち合わせだって私が彼を迎えに行く。
 彼に尽くしていると言えばそれまでだが、尽きたのは愛想の方だった。
 ただ、彼に感謝していることが一つだけある。そして、それが惰性で付き合っている理由でもある。

 彼は知らない、私がOPEN前の二人きりの時間を楽しんでいることを。
 彼は知らない、コーヒーを淹れている彼の姿が堪らなく好きなことを。
 彼は知らない、甘ったるい英詩が私に向けられていたらなんて妄想していることを。

 今度、彼にコーヒー豆でも贈ってみようか。
 でもきっと、その豆はコーヒーミルで砕かれてしまうだろう。
 それでも、彼が一粒一粒、愛を込めて煎ってくれるなら、それで良いとさえ思うのだ。


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このストーリーに関するコメント

17/06/17 クナリ

静かで穏やかなラブストーリーですね。
今はまだすれ違っている二人の思い、一時だけの接触が切なくも温かいです。

17/06/17 霜月秋介

日向 葵さま、拝読しました。

読後、思わずニヤニヤしてました。
いつかこの二人が結ばれる日が来ることをお祈りします。
お兄さんが可哀相ではありますが(笑)
素晴らしいお話を有難うございます。

17/06/18 待井小雨

拝読させていただきました。
今後この二人がどのような展開を迎えるのか、想像するのが楽しいストーリーでした。
作品に流れている穏やかな空気感も好きです。
二人が幸せな展開を迎えてくれるといいな、と思いました。
やはりお兄さんは可哀相ですが(笑)

17/06/18 日向 葵

クナリ様
穏やかで静かなというのは常に意識して書いてます。
一時だけの接触をサラリと書けるのは掌編の良いところだと思います。

17/06/18 日向 葵

霜月 秋介様
コメントありがとうございます。
二人が結ばれるには、兄との確執は免れないでしょうね。
兄はどのみち可愛相なことには変わりありませんが(笑)
楽しんでいただけたようで何よりです^^

17/06/18 日向 葵

待井小雨様
読後にその後の想像を膨らませるのも掌編の楽しみの一つだと思います。
その辺は常々意識している部分なので、コメントいただけて嬉しいです。

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