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月野 光さん

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オルゴールに願いを込めて

17/06/17 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:2件 月野 光 閲覧数:231

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もうすぐ30歳になるというのに未だ独身の安達 久美は、引越しの準備のため整理をしていた。
しばらく開けていない押入れの物を出していくと、奥の奥に何かがあるのに気付いた。
 恐る恐る取り出して見ると、それは木で組まれた埃を被った長方形の箱だった。
「これなんだろう……」
 久美は、ゆっくりとその箱の埃を振り払っては箱の蓋を開ける。
 特に何も起きない。
 ただそこには、四角形のライトグリーンで透き通り、プラスチックに囲まれたオルゴールがあった。
「あっ! これって……」
 音も出さないオルゴールを眺めて、ふと思い出す。
 
 キッチンに立つ母の後姿。
 一緒にスーパーへ行く時、必ず手を繋いでいてくれたこと。
久美が大きくなるにつれて、そんな日常もだんだん見なくなったこと。
 彼女の帰りが遅くなるといつも喧嘩してたこと。
 叩かれることもしばしばあった。
 誕生日もいつからか祝わなくなった。
最後にもらったプレゼントはオルゴール。
ケーキは、いつから一緒に食べてないだろうか……。
いつまでも子供扱いされるのが嫌で、反対を押し切って勝手に家を出たこと。
 
 久美は、部屋の窓際でうずくまる。
 月は薄い雲から透けるようにして夜空に浮かぶ。
「反抗してばっかだったな……」
 徐に四角形から飛び出たゼンマイを人差し指と親指で摘む。
 ギィィカチッカチッカチッ――――
音を立てながらゼンマイを巻く。
 手を離すと、巻いた方向と逆に回り始め、音楽が流れ始める。
まるで暖かな日差しの下、花畑に囲まれて踊ってしまいそうなそんな明るい音楽。
目頭が熱くなるのを感じた。
忘れてしまっていたオルゴール。
忘れようとしていた出来事。
「お母さん、今頃どうしているかな……」
 スマホの画面に映し出された通話履歴の『お母さん』の文字は、下にスクロールを何度も何度もしてようやく現れた。
 しかし、彼女の手はどうしてもタップができなくて、画面を消した。
 1人の部屋をただボーッと見渡していると、オルゴールのメロディーはスッと止まった。
 それと同時にスマホの画面は光り、バイブレーションが鳴った。
 映し出された『お母さん』の文字。
 電話に出ようとしてみたものの、今まで全く出ていなかったことが後ろめたくて、
電話に出ることができなかった。

そして、彼女は数日後にあの電話の意味を知った。
明朝、見覚えのない電話番号からの着信。
留守電で告げられた言葉で全てが崩れた音がした。
医師から危篤の電話。
久美は、ジーンズとシャツに着替えてバタバタと家を後にする。
車を必死に走らせる。
赤信号で停止すると、車内に流れるふわふわした音楽が鬱陶しい。
ハンドルを握る人差し指はトントンと落ち着きなくハンドルを叩く。
まだかまだかと信号が変わるのを待つ時間が果てしなく長い。
まるで映像がスロー再生にでもなっているんじゃないかと疑ってしまう。
ようやく青信号に変わると、アクセルを踏みしめ母のいる病院へと急ぐ。
一時間ほどで辿り着いた病院は暗く、不気味に佇んでいた。
緊急の受付に母の名前を告げ、案内された。
途中から響き始めたピーーーーと、よくドラマや映画で使われているようなお馴染みの音が、彼女の不安を加速させた。
「こちらです」
 202と書かれた病室の前で看護婦は案内を終えてお辞儀をすると、どこかへ行ってしまった。
部屋の前で部屋番号を見つめ、ここに母はいるのかと思うと、少しそわそわするようで胸が締め付けられるような複雑な気持ちになった。
スライド式のドアをスーッと開けられ、眼前に映し出された母の姿。
ベッドに横たわる母。
細くなった腕。
皺が増えた手。
 外された酸素マスク。
 モニターに映し出されている横棒。
 鳴り響く機械音。
 
 私はすぐに悟った。
 母は死んだのだと。

 母の遺品を整理していると、見覚えのある箱を見つけた。
 それは紛れもなく久美も持っているあの箱。
 彼女とは違い、全く埃を被っていなかった。
 蓋をゆっくりと開ける。
 聴こえ始めた久美が持っているものと同じオルゴールのメロディーが流れ始めた。
 彼女は、その箱を胸に押し当てるように抱きしめた。
 部屋には、オルゴールの明るい音楽とは裏腹に鼻を啜る音が何十分も響き渡っていた。
 あの日、母が伝えたかったことは何だったのか……。
 
 
 それから毎日、久美はあの日を繰り返さないように今日も一人、オルゴールのゼンマイを巻く。
 ギィィカチッカチッカチッ――――
 流れ始めたメロディーを聴くたびに、脳裏には母の最期の寝顔と昔の笑顔が蘇る。
 
 メロディーが鳴り止めば、彼女は線香をあげ、手を合わせてゆっくりと目を閉じる。
 
 ただ、母の姿を声をもう一度見聞きしたいと。
 そう願いながら……。


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このストーリーに関するコメント

17/06/17 霜月秋介

月野 光さま、拝読しました。

主人公の感情描写がすばらしいです。読んでいて心にじんわりと来ました。
伝えたいことがあるなら、相手が生きている今のうちに伝えたいものです。

17/06/17 風宮 雅俊

 自身の中にある書き手の視点、読み手の視点、どちらにおいても電話に出ない件にザワツキ感じがありました。自分ならどっちかな?と考えさせられるところが興味深いです。
 作中の月の光は優しさを表しているのか?冷たさを表しているのか? そこも興味深かったです。

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