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要崎紫月さん

『精神攻撃系お耽美ホラー』と銘打ち、短編を書いています

性別 女性
将来の夢
座右の銘 一生懸命

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ライフサウンド

17/06/16 コンテスト(テーマ):第136回 時空モノガタリ文学賞 【 音楽 】 コメント:1件 要崎紫月 閲覧数:284

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 僕の仕事場に休憩に入る度、音楽を聴いてばかりの後輩がいる。僕より三つ年下の彼、一番年が近い筈なのに独特な雰囲気の所為でいまいち打ち解けないでいた。音漏れのしにくいイヤホンなのか、何を聴いているのか分からない。素通りしようとしたが、やはり気になって聞いてみた。
「何聴いてるの?」
 話し掛けられた事に気付き、彼は上目遣いで僕を見上げると左耳のイヤホンを外した。なかなかの音量で聴いているらしくリズムが流れてくる。少しして携帯電話を操作して音楽を止めた。
「何聴いてるの?」
 僕は改めて聞いた。
「聴いてみます?」
 そう言って彼はベンチから立ち上がり、僕の左耳にイヤホンを突っ込んで再生ボタンを押した。
「うわぁっ!」
 僕は振り払う様にイヤホンを外した。流れてきたのは大音量の音楽ではなく、若い女の声だった。叫び声、いやあれは悲鳴だ。
「俺、女の人の悲鳴好きなんですよ」
 工場に戻りながらケーブルをまとめる彼の後ろを、僕は少し虚ろな目をして続いた。通用口を入り、狭く薄暗い廊下の壁にぴったりと並ぶロッカーの一つに携帯電話を放り込む。扉を閉めると少しだけ僕を振り返り、薄気味の悪い笑いを浮かべ持ち場へと戻っていく。作業用の青い帽子からはみ出る黒色の中に金色がまだらに混じる長い襟足を、浅黒い骨ばった手で撫でながら。
 小さな町工場に旋盤の低いモーター音が響き始める。誰かしくじったのか、高い音がそれに重なる。聞き慣れた筈の音に不穏を感じるのはこれが初めてだった。どことなく、あの悲鳴に似ている気がする。

 僕が住んでいるアパートの部屋の真上にかつて住んでいた男。確か、加藤という名前だった。
 そいつに会ったのは一度きりで、僕の右隣に住む老婦人に頼まれて部屋に行ったのが最初で最後だった。引っ越した翌日から深夜、時折女の悲鳴が聞こえてきて僕は何かと聞き間違えているのかと思っていたら、そいつが悲鳴の発生源だと判明した。
 止めてもらう為に仕方無しに向かい、二度目のインターホンで姿を現した加藤はまだらの髪色からあの後輩を彷彿とさせつつ、華奢な彼の倍近くありそうな肉付きの良過ぎる身体の持ち主だった。
 強烈だったのはその室内で、溢れたゴミや服や雑誌の間にDVDが山の様に積まれ玄関まで乱雑に迫り、奥の方から読経の様な低い男の歌声が緩いテンポの音楽に乗って流れ、生活臭とお香の様な甘ったるい香りと相まって異様な空間を作り上げていた。
「あの、騒音というか」
「女の悲鳴を聞かないと眠れなくてね。子守唄みたいなモンだよ」
 老婦人の言う通り、人の話など聞く耳持たない加藤は得意気に言った。テレビにヘッドホンを繋ぎ聴いていると、寝返りを打った拍子にジャックが抜けて音が漏れる、そんな話だった。
「帰ってくれるかな?」
 交渉は決裂し、ドアは一方的に閉じられた。
 目覚まし時計よりも先に目が覚めたある日の朝、ドアの向こうからドタドタと階段を昇る足音が聞こえた。
 上階には加藤しか住んでいない。ただならぬ予感に僕は用を足した後ベッドに戻らず、玄関に座り込んで足音が戻ってくるのを耳を澄まして待った。隣から洗濯機を回す音が聞こえる。実家にいる頃は気付かなかった、生活の色々な場所に音が溢れている事を。人は生きながらにして音を抱えているのかもしれない、僕は高鳴る鼓動を感じながらそう思った。
 しばらくして足音が聞こえそっとドアを開けると、階段を降りていくスーツ姿の男達の中に、薄笑いを浮かべる加藤の顔が見えた。加藤を押し込む様に乗せたワゴン車は何処かへ走り去っていった。
 その日の夜、流れたローカルニュースであの時逮捕された事を知った。殺人の容疑だった。
『幼い頃から母親が憎かった。女の悲鳴を聞くと安心出来た』
 加藤が語ったとニュースは伝えた。

 生活音だけの静かな日々が過ぎてゆく中で、あの悲鳴の発生源はやはりあの男だったのだと思い知らされる。夏休み明け早々、後輩の退職が決まり、一週間後に菓子折り一つ置いて会社を去った彼は、いつの間にか僕のロッカーに一枚のCD−Rを放り込んでいった。
 再生して数秒後、あの日聴かされた女の悲鳴が再び響き、その瞬間思った。アイツも同類か、と。
「同居とまでは言わなくても、お母さんの近くにいてやりたいって言ってね。彼、授かったのが遅かった上に母子家庭みたいでね、もうすぐ六十歳になるそうだよ、お母さん」
 工場にやって来た社長に退職理由を聞くと、そう返答が返ってきた。
 あのCD−Rに入っていたのは海外バンドのヘヴィメタルで、女の悲鳴はイントロの演出だった。曲自体のセンスは悪くないが、演出の趣味は悪いと思い出し、独り苦笑いする。
 アルミニウムの削れる高い音が響く。誰かがまたしくじったに違いない。
 しかし、あの時の不穏な感じは不思議と無かった。


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このストーリーに関するコメント

17/06/17 クナリ

妖怪も怪異も現れないのに、作品全体に流れる、不気味で異様な雰囲気が魅力的でした。
それなのに読後感のよい、印象的な作品でした。

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